第27話🌸優治の失踪

 結局結論も出ないまま、ひかりは森下の実家から帰宅した。そして、スケジュール表を眺めた。ドラマや映画などのため、実は来年いっぱいはすべてスケジュールが埋まっていたのだ。このスケジュールを削る事は出来なかった。今年はあと五日ほどオフがあるだけのハードスケジュールの中、来週はどうしても桜を見に行きたいとマネージャーに半日のオフをもらっていた。この日までに森下の今後を主治医に報告しなくてはいけないのだ。しかし、結論は出ていない。ひかりは悩んでいた。自分は受け入れられない、両親も受け入れられない・・・となると森下はどうなってしまうのか?病院ではなく別の施設を探すと言う方法もあったが、果たして森下が受け入れられるかと言う問題があった。数箇所の施設は資料を取り寄せる事にした。その資料を両親に見せ、意見を聞く予定にしていた。今となっては森下の両親はほとんどの事をひかりに頼っていた。ひかりの両親は、気が気ではなかった。自分の娘がみすみす苦労する場所へと進もうとしているのだ。当然心穏やかではないが、森下という人物は昔から知っているひかりの両親も邪険には出来なかったのだ。ゆっくり過ぎて欲しい時間はあっと言う間に過ぎてしまうもので、いよいよ桜の木を見に行く日になった。幸い、天気も良好でひかりが半日オフにしていた日には桜が満開になっていた。ひかりは朝から森下のところへと向かう準備をしていた。そこへ電話が鳴った。

「もしもし?ひかりちゃん?優治の母ですけど・・・優治が病院から居なくなったって連絡があって・・・行き先、分からないかしら?」

それは森下の母親からの電話だった。ひかりは、直感で思った。

「小学校じゃないですか?私たち、今日小学校に桜を見に行くつもりだったんです。」

ひかりが伝えると、母親は探してみると言い、電話を切った。ひかりもすぐに支度を済ませ出発した。

(一人で行くなんてズルイっ!私も一緒に行くつもりだったのに・・・)

ひかりは呑気にそんな事を思っていた。森下が小学校に行く確信がひかりにはあった。しかし・・・ひかりの確信は裏切られた。二度目の母親からの電話が鳴った。

「ひかりちゃん!居ないのよ・・・学校の中も桜の木の下も・・・警察にも探してもらってるんだけど、また見付からなくて・・・」

森下の母親はすっかり動揺している様子だった。ひかりも急ぐ事を伝え電話を切った。

(何処に行ったの?森下くんっ!)

ひかりは、さっきまでの呑気な確信は一気に消え去り不安でいっぱいになった。道路の渋滞も今のひかりには不安材料となった。

 しばらくしてひかりは地元に到着した。地元は小さな町だったので、警察が森下を捜している様子は一目瞭然だった。ひかりは、すぐに森下の母親と合流したあと思いつく場所を探すと言い残し、一度別れた。

探しながらひかりは、交換日記の内容を思い出していた。森下の今の記憶はその日記の中の物しかないのだ。そこ以外には行けないはずだし、行ったとしたら戻って来られないかもしれないと思うと一刻を争ったのだ。日記に書かれた内容に出て来た場所は『小学校の桜の木の下』『中学校側のお父さんの親友が営む喫茶店』『病院の中庭』そして、二人が結ばれた『森下の自宅の部屋』だった。ひとつずつ探したが森下の姿は見付からなかった。ひかりは病院に向かった。主治医に変わった様子はなかったかを確認しようと思ったのだ。主治医を待っている間、病院側も森下の失踪に慌しくなっていた。看護士がひかりを見つけ声を掛けてきた。

「すみません。森下さん、ご両親と先生が話してるのを聞いちゃったんです。退院させるさせないと言う話を。その後、ずっとベッドの中から出て来なくなってしまって、今朝食事を持って行ったら、居なくなっていて・・・ベッドの中に潜っているのかと思ったら誰も入ってなかったんです。なので、いつ病院から抜け出したのかも分からなくて・・・ホントにすみません!」

事情は分かった。森下自身、自分が邪魔にされてると察したのだろう。だとすると何処に行く?ひかりは必死に考えた。森下のベッドからは交換日記が出て来た。ひかりはヒントがあるかと思い日記を読み出した。最後のページを開いたひかりは愕然とした。


『ひかりへ

もうこれ以上みんなに迷惑は掛けられないよ。今日はひかりが来てくれる日だね。本当は一緒に桜を見に行きたかったけど、ひかりに逢うと決心が鈍るから逢わないで逝くよ。ドラマの最終回で見たあの桜の木を一生懸命思い浮かべながら、今日見たつもりになってね。ひかり・・・愛してるよ。今まで本当にありがとう。俺、疲れちゃったみたいだ。天国に行けるかは分からないけど、もしも行けたら向こうで待ってるよ。向こうで立派な桜の木を見つけておくよ。向こうで逢えたらひかりに伝えたい事があるんだ。ひかりが来るまでに病気も治して元気になっておくからもうしばらくは来ないでくれよ。昔の俺になったら、ひかりに伝えたい事があるんだ。待っててくれよな。』


森下は死ぬつもりだったんだ。きっと話を聞いた時には正常だったんだろう。自分がみんなに迷惑を掛けていると悲観したんだ。ひかりは、病院を飛び出した。あてはなかったがとにかく走らずには居られなかった。森下を探さなくてはいけない衝動に駆られた。看護士の話から、森下が抜け出したのは昨日の午後から今朝に掛けての時間だ。行こうと思えば地元を飛び出して何処にでも行ける。帰るつもりがないのだから何処まででも行けてしまうのだ。ひかりは駅に向かった。そして駅員に森下の写真を見せ、乗車したかどうかを尋ねた。

「あぁ、今朝早く見掛けましたよ。でも電車には乗りませんでしたよ。」

駅員に言われ、森下はまだ地元に居ると確信するとそこから近い順に探し始めた。

(森下くん!死んじゃダメ!)

ひかりは繰り返し心の中で叫んだ。しかし検討が付かないのだ。そしてふと・・・

(昔の俺になったら・・・って書いてあったっけ。昔の森下くん・・・小学校?)

森下の母親は小学校には居なかったと言っていたが、ひかりはもう一度探してみることにした。

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