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「うちのものは傷つけないという約束でお貸ししたんですが、二人とも傷つけてくださいまして」

「そ、それは本当にすみません。まさかそんなことするとは」

「本当に? 分かってたんじゃないですか」

「そんなことは」

「一パーセントも無いって言えます?」

「ううう……」頭を垂れた。


 懐から出したのは請求書だろうか。園長はそれを両手で受け取った。

「まあ、僕は自分からは警察には言いませんけどね」

「本当に、本当に本当にありがとうございました」

 これ以上追及されないことに深く頭を下げ、膝に手をつきその恰好のまま動かない園長を無視し、事務所の方へと歩いて行ってしまった。

湖は園長に、

「頭を上げてください。中に甲乙さんいますから、見てあげてください」

 と言い、それでも何も言わない園長の足元に水の玉がぽたぽたと落ちているのを見て、はっとし、「それでは私たちはこれで」と、足早に出雲大社の背中を追った。


「ほんとに君はデリカシーがないね。あの感じは泣き崩れる寸ででしょう。男は涙を見られたくないものなんですよ。特に女性にはね。仮にも不細工だったとしてもです」

「ちょっと待ってください。今軽く私のことディスりませんでした? ねえ、ディスりましたよね?」

「ふん。俺はそれを良しとした」

「そのフレーズ!」


 その時、後ろの方で『ぅひぃぃぃ……』という奇妙な声が聞こえ、小屋のドアに寄り掛かったような音が聞こえた。

 出雲大社の横顔には悪い笑みが浮かんでいた。たぶん、きっとそうだと思うんだけど、とんでもない額をつきつけたに違いない。


「僕を怒らせるから悪いんです。約束と違う時にはそれなりのことをしてもらわないと。その場合、これで手を打つのが手っ取り早いでしょう」

 親指、人差し指、中指をこすり合わせた。


「それに、僕のものに傷をつけたのですからそれなりの代償もね。君のお腹はかすり傷でよかった。その脂肪にお礼を言っておくといい」

「はっ! お腹視たんですか!」

「ええ。血が出ていましたから」

「私の断りなく!」

「お礼を言ってもらいたいのは僕の方です。もう痛くないでしょ」

 確かに、痛くない。服の上から触ってみたけれど、既に痛みは消えていた。


「この動物園はもう終わりにしてもらいましょう」

 誰にともなく言った出雲大社のことを敵にだけはしまいと固く心に留め、一人こくりと頷いた。

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