・・・・

 足を肩幅に開いて腰を落として踏ん張っているけど、怖さで震えていて思い通りに動かない。手はファイティングポーズを決めてはいるが、がっちがちに固まっている。

 幾度となく擦りきれるほどに観て研究してきたジャッキーの手法はなんだったっけ。ナイフを持ったやつのやっつけかた、どっかにあった。どのビデオだ。思い出せない。怖くて頭が働かない。くそ、なんでそれを極めずに酔拳なんか練習してたんだ私。


「あなた方のような人のおかげで私の計画は水の泡。また一から作らなければならない。でも、ここを知ってしまったからには生きては帰れないんですよ。死んでもらわないと。ここを辞めるわけにはいかないので、なんとしても」

 体が動かない。前から歩いてくるのに逃げられない。その手にはナイフが光ってる。血がついてるのも見える。ここから逃げなきゃ刺されるのは分かってるんだけど、ダメなものはダメだ。向かいの後ろの扉が音を立てる。外から櫻井が開けようとしているのだ。しかし内側から鍵がかけられている。


「怖くて動かなくなっちゃいました? そのまま突っ立っていてください。一瞬で殺しますから」

 この時間が恐い。ジャッキー助けて。

 どうしたら動けるようになるの。そこはまだ教えてもらってないよ。緊張のほどき方、まだ研究してないよ。教えてよ!


 ナイフが目の前に見える。笑いながら両手に握っている。それを私の腹目掛けて構えている。あとは私を刺すために前に踏み込めばいいだけだ。

 肩が大きく上下する。悔いはたくさんある。まだやり残したことだってたくさんあるのに。それでも白子さんは助けたい。ここで死にたくない。呼吸が乱れる。汗をかく。心臓が早い。震える。


 最後に白子の方を見たとき、そこには麻袋がしなだれて残されているだけだった。今まで見えていた白子さんの足や体はどこにもない。

 もしかして……


 迫るナイフの恐怖におののきながらも希望を掴んだ気がした。それを期待した。


「出雲さん! 助けて!」

 刺される寸前、湖は声を大にして叫んだ。師匠であるはずのジャッキーではなく、出雲大社の名前を叫んでいた。

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