厚い扉をポンと押すと音も立てずに内側に開かれた。昨日と変わらず明るい部屋。

「おはようございますー!」

 大きめな声で挨拶をした。じゃないとまた『君は大きな声で挨拶をするようにと習ってこなかったのかな』などと朝から嫌味を言われることになる。

 しかし奇妙だ。返事はない。字のごとく、しーんと静まりかえっている。どういうわけか猫の姿も見当たらない。


 不思議に思うが、ひとまずリゾットの材料をリュックの中から出して調理台の上に置く。首だけ伸ばして『絶対入らないで』と言われた奥の部屋を覗く。物音ひとつしない。ドアの下に猫用の小さな扉がついていることを思い出してふと下を見た。

 揺れている。まるで猫が抜けたかのようにしゃりしゃりと揺れていた。


 足元にいつものフワリとした感触。ノリコかその母猫、もしくはコテツが出てきたのかもしれないと床に目をやればどこにもそれらしきものはいない、

 が、その時、湖は己の後ろに気配を感じた。等身大の気配。この場合、この場所で振り向くのは絶対的に不利だ。前方にジャンプしながら回転し、相手と距離を広げながら両手は胸の前で戦闘体勢、着地と同時に構えて相手の出方を読む。と、刷りきれるほどに見たジャッキーのビデオで学習した。


 それを惜しみなく披露した矢先、湖の戦闘モードは急激に削がれることとなった。

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