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腐った臭いは敏感な嗅覚にダメージを与える。手で鼻を何度もかいた。かきながらも目の前の電話に手を伸ばす。
もう少しだ。相変わらず強風は吹きすさぶが気にしている場合ではない。これさえ落とせば終わる。
猫のように四つん這いになって慎重に進む。といっても湖は人だ。猫のようにしなやかにはいかない。
一歩踏むたびに風が邪魔をする。湖を落とそうと体に体当たりしてくる。
負けずにもう一歩踏む。
風は強くなり行く先を遮る。
それでも手を何とか伸ばせば袋に触れそうだ。
左手は木をしっかりつかみ、右手を最大限に伸ばし、震える指先をこれ以上伸びないってくらい伸ばして袋と距離をつめる。
袋が指に当たった。
直後、突風が体を大きく揺らし、湖は軽々と持ち上げられた。心臓が弾けんばかりにドクンと音を立てる。飛ばされないように両手で木をひっかくが、風の力はすさまじい。抵抗虚しく飛ばされた。響く轟音は高宮の悲鳴にも似ていた。
木から離された瞬間、両手を伸ばし袋をかすめ取り、胸に抱く。
視界はクリアになり、ぐるんぐるんに回されながらも下にいる二体の黒いものに袋を思い切り投げつけた。
瞬時、湖の体は風から解放され重力に引っ張られるように下に向かって落ちる。
猫のようにくるりと体を回転させ、ふわりと着地した。
電話を投げつけた場所へ目を向ければそこにいたはずの二体の黒いものは高校生くらいの男の子と女の子に変わっていて、二人は仲良く電話を手に握りしめじっと眺めていた。
二人は電話を確認すると、また真っ黒く変色し腐敗していって、顔の肉は半分溶け、骨が見え始めた。寄り添うようにくっついているその姿は切なく映る。
『……ありがとう』
耳に届いた声は高宮声じゃない。もう一人の誰だか分からない人の声だった。
「……あなたたち、誰なの?」
腐敗している人に話しかけるなんて物騒なことしたくないんだけど、でもそうしなければならない自分がいて、理不尽ながらそこから見ないふりをして立ち去ることなんてできなかった。
『……高宮です』
「は? 高宮さん? 嘘、だって私、高宮さんと話したし、それに声だって違う」
『ここにいる彼女が高宮です。僕の彼女です。そしてさきほどあなたに乗り移っていたのが……本野裕子です』
「本野裕子って……誰」
全然知らない人だ。初めて聞く人の名前に頭が混乱する。
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