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 半分くたばりかけの湖と、しなやかに歩く出雲大社の前には件の黒猫の影がいて、しっぽを左右に揺らしながら歩いている。

 湖は、あの黒猫になんの意味があるんだろう。なんで今さら見えるんだろう。霊ならば見えなくていいのに。むしろずっと現れてくれなくてよかったのに。と、しなやかにキャットウォークする黒猫の揺れるしっぽの先をうらめしく睨んでいるとひとつの疑問が頭に浮かんだ。


 あの高校生にも花井さんにもこの猫の影が見えたってことは、二人ともなんらかの力があるってことなんだろうか。そういった人にしか見えないものなんだろうか。

「あの、さっきの高校生もこの黒猫の影を見たんでしょうか」

「そうじゃないの」

 あっさりと返される。

「私はてっきり死んだら霊になるのかと思ってました」

「もちろんそれもある。でも霊ってどこにでもいるよ。君が人間として生きているように、霊として生まれてきてるのだっているよ。向こうにしてみれば僕らが霊みたいなもんだよね。人間が全てって思わないこと。見えているものの中にも本当は見えていないものってたくさんあるよ」

 前を歩く黒猫はどっちなんだろうと考えると、なんだかそれだけで切なくなった。

「切ないですね」

「切なくなる意味が分からないよね。君がそう思うってことはつまり、人間が主としてこの世に生きていると思っているからだ。霊のほうが都合がいいことだってたくさんあるよ。それに、少なくとも向こうに切ないなんて気持ちはないよ。認めてるからね、人間と自分達の違い」

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