第128話 11月5日 お見舞い

 今日まで臨時休校。明日から再開予定だ。

 石田と泊が真一の見舞いに行くことになった。花屋で小さな明るい色の花束を買い、病院へ歩いて向かう。

 病院につくとエレベーターで4階へ向かう。道中ずっと無言だった。怖かったのだ。彼がどんな容態なのかが。


 411号室はナースセンターのすぐ向かいだった。重篤な人はナースセンターの近くに置かれると聞いたことがある。中からピッピと機械音が聞こえる。

 部屋の入口の名札を確認し、クリーム色のカーテンをそっと開ける。

「お邪魔します」

 中には誰もいなかった。横たわっている真一がいた。物々しい機械が取り囲み、たくさんの管や配線が彼の体につながっている。

「あ、あ……」

 弱弱しい声が返ってきた。体に力が入れられないのだろう。吐きだす息とともに声を漏らす、といったようなしゃべり方だ。

「おう」

 2人はなんといっていいか戸惑い、一言だけ発すると軽く手をあげた。

「これ、お見舞い」

 泊が花をちょっと掲げて見せた。するとにっこり笑ってくれた。

「ありがと……」

 2人は立ったままだった。石田が脇のワゴンに花瓶があるのに気づき、そこに花を挿そうといった。もうすでに何本か刺さっていたが、まだ少し余裕はありそうだ。


 持ってきた花が刺さっていた花より短かったので、上から下までかなり豪華な見栄えになった。機械だらけの部屋に少しだけ華やかな一角が出来上がった。

「……あ……えと……災難だったな……お前は怪我、どうなの」

 泊が沈黙をなんとか消そうととぎれとぎれに言葉をつなぐ。

「う……ちょっと深い。でも、神経無事だから、ちゃんと治せば大丈夫って」

 浅く呼吸をしながら、途切れながらもゆっくり声に出す。ちゃんと治る怪我だとわかり、2人とも初めて心から安堵の笑顔を見せた。

「そうか。それはよかった。お前陸上部だもんな。また走れるようになるよ」

 石田もうんうんと頷く。


「みんなは……大丈夫なの?」

 今度は真一から聞いた。何と答えていいのかわからず、あーえーなどと唸っていると

「安藤さんは? 吉岡さんは?」

と名前を出してきた。

「あー、あいつらは、特に怪我してないけど、安藤さんがダメージ大きいみたい」

 人づてに聞いた様子を伝えるのが精いっぱいだ。クラスが違うと「噂」でしかなかなか情報が入ってこない。ましてや今学校が休みなので、かなり尾ひれのついた勝手な話が広がっている。

「藤沢って……どうとか聞いてる? あいつ大丈夫なの?」

 石田が恐る恐る聞く。真一はすこし眉間にしわを寄せ「正直危ない」と答えた。

「え……」

 2人ともこれには固まった。彼がこんなにストレートに言うなら相当危ないのだろう。

「まだ意識ないって。昨日、風の子園の、人に聞いた」

「そうなんだ……」


 今度はまた真一から質問した。

「僕らがいなくなって、あの不良グループ、変なことしてない?」

「目立ったことしてないよ、休みの間もバカな話流れてこないし。大人しくしてんじゃない?」

 泊は実は嘘をついた。SNSに好き勝手流し広げていることを知っていた。だが彼らに余計な心配をかけたくない。

 それはよかったと真一はふふっと笑ってみせた。

「いなくなったとたん、小島君いじめ始めたり、またみんなを怖がらせること、したりしてるんじゃないかなって。僕らのことも、喋ってるだろうね今頃」

「あ……」

 こいつはお見通しだなと泊は内心恐れ入った。


「石田君だって、僕らが無理やり、あのグループから横取りしちゃったみたいになったから、連れ戻されるかもしれないよ」

「えーそんな! お前あっち戻りたいのぉ?」

 泊が眉をハの字にして石田の顔を覗き込んだ。彼はいや、いや、と両手を顔の前で振って見せた。



 本当はもっと話していたかった。藤沢が一体何者なのか。そして吉田志保のことも。だが少し話しては大きく息をつくのを見ると、今日はそんなに会話できる状況じゃないな、とあきらめた。

 つい数日前には普通に歩いてしゃべっていて、自分らと何ら変わりない姿でそこにいたクラスメイトが、今は身動きも取れず言葉を発することすら難儀な状態に変わってしまった。それもこれもあの女のせいだ。

 そうは思っても行方の分からない今、賠償させることもなぜそんなことをしたのか問い詰めることもできない。警察は何をやってるんだ……


「ゆっくり治せよ。俺ら待ってるから」

「無理すんなよ」

「うん。ありがと」

 2人は長居すると負担になるからと帰って行った。帰りのエレベーターの中、泊の様子がおかしくなった。なんだかずっと下を向いて全身に力を入れているようだ。

「どうしたの」

 石田が聞く。

「……なんであいつが……」

 泊が泣いていた。石田は動揺した。

「なんで、あいつがあんな目に合うんだよ。あんな優しくてさ、いいやつが、なんで大けがすることになるんだよ」

 手をぐっと握り、必死でこらえているようだが、涙も鼻水も垂れている。

 石田だって同じ気持ちだ。自分を助けてくれた彼らが、なぜこんなひどい仕打ちに遭うのか。

 彼らほど正義感が強くて、誰よりも思いやりがある奴はいないと思っている。だから悔しい。悔しくて、本当は吉田志保に仕返ししてやりたいくらいだ。

 だが相手もなんだか得体のしれない化け物で、2階から飛び降りて消えた。もしかしたら自分たちの周りにいて、襲う隙を狙っているんじゃないか。そんな恐怖すらあった。

 無言で帰る2人。みんなになんて報告しよう……

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