第75話 8月8日(1) 本性

 志保は嫌がらせを受けても、直哉と仲良くするのはやめなかった。今週で一端補習が終わってしまうとチャンスが減ってしまう。学校が始まってからでは人目につきすぎてやりにくい。夏休みのうちに決行しなければと考えていた。



 直哉、真一が2人で部活に行ってしまい、1人で帰る志保を再び飯田たちが呼びとめる。またD組に連れ込まれ嫌みを言われた。

 その時、本当にたまたまだったのだが、真一がC組のロッカーに忘れ物を取りに戻ってきていた。

 D組の方から声が聞こえるのだがなんとなく声のトーンがおかしい。女の子が叫んで……どちらかと言うと怒鳴っているような声。やめて、という声も聞こえる。気になり何かと覗きに行った。



 教室の後ろの方のドアから顔をのぞかせると、一斉にこちらを見る目。

「!」

 真一が見たのは、教室の後方の窓際で髪の毛を掴まれて前かがみにされている志保だった。

「志保ちゃん!」

 教室の中へ駆け込むと、掴んでいた飯田がさっと手を放した。そのはずみで志保は床に倒れる。

 決して見られてはいけないところを見られてしまった……。逃げようとする。


 志保に駆け寄る真一。大丈夫?と声をかける。しかし中腰になった瞬間

「う゛えぇっ!……」

 真一の方が変な声を上げ、ぐずぐずと力が抜けたように崩れていった。3人は突然のことに驚き、教室前方にある黒板の前でいったん振り返った。その瞬間志保が突然声を上げ何かを投げた。


 それは彼女たちの目前をかすめ、ドカンと激しい衝突音とともに黒板脇の掲示板に突き刺さった。悲鳴をあげて固まる3人。

 突然ドアへの行く手を阻んだそれは、人の腕の長さほどあろうかという長さで薄すべったく、中央付近で少し曲がった銀色の棒状、刺さっている逆端には輪がついている……どこかで見た形状……とんでもない大きさの「鋏」の片刃だ。



 飯田たちが振り返ると一斉にまた悲鳴を上げ口元を押さえた。

 痛みに表情をゆがませる真一の髪の毛を鷲掴みにし無理やりに立たせ、こちらを睨む志保だった。足がすくんで動けない。


「飯田恵夢」

 志保に名前を呼ばれびくっとする。

「お前ここに残りな」

「え……え……」

「こっち来い!」

 かすかに真一が声を絞りだす。

「逃げて……」

「黙ってなあんたは大事な人質だ」

 乱暴に床にたたきつけるように落とした。

「ううぅ!」

 肩から勢いよく倒れ、またうめき声を発する。3人は恐怖に身を寄せた。


「お2人さん、ここにすぐ藤沢直哉を呼んできてくれない? 他の人にばれないように」

 吉永と大治がおろおろしていると、再び怒鳴った。

「早く行け! こいつ死んでもいいの? あと他の奴にばらしても即殺すよ?」

 2人はパニックになっていた。とにかく言う通りにしないと何をされるか……



 転がるように教室を出ていくのを見届けると、「飯田さん」と再び呼ぶ。

 泣き出しそうな顔で震えているのを見てにやりと笑った。真一を再び引きずり近寄る。

「あたしの事散々虐めてくれたよね。小さい頃から」

 何も言えなかった。

「同じ目に合わせてやろうかと思ったけど、やめたの。もっといいこと。あたしと入れ替わるの。どう? 楽しそうでしょ。あたしと入れ替えればいつも藤沢直哉の隣に居られるよぉ……」

 今まで見せたことのない狂気じみた笑い顔。自分の体にしがみつこうとする真一を蹴って振り払う。

「入れ替えるって……」



 さっきまで黒板の横に刺さっていたはず鋏の片刃が消えており、白い細かい光とともに再び志保の右手に現れた。

 飯田は何が起きているのか、どうしたらいいかわからなかった。1人で逃げるわけにもいかない。一歩動けばその手に持っている刃で襲ってくる勢いだ。

 足元に転がる真一を再び蹴りつけ、つかつか寄ってくる。来ないで、来ないで……呼吸が恐怖でうまくできない。


「ま……て……」

 真一が声を絞り出す。時々むせる。

「うるさいね……刺し殺されたいの? あたし男と入れ替わる気はないんだけど」

 後ずさる飯田は教壇に足を取られ床に尻餅をついた。にやりと笑う志保。髪の毛を乱暴につかむと引きずるように窓側へ連れていく。

「痛い! 痛い! 放してぇ!」

「あはは……あたしがいくらそう叫んでも、あんたたち辞めなかったよねぇ。抵抗する権利ないんじゃないの? 人の頼みは聞かないで、自分の頼みは聞いてほしいだなんて、虫が良すぎるんだよ」

 くすくすと笑う志保。掃除用具の入ったロッカーに体を押し付けると、首に手を押し付け絞めるような格好になった。

「やめ……ろぉ……」

 真一がよたよたと立ち上がる。掌を広げた。

「!!」

 志保の表情が変わった。掌に光……まさか!

「あんた、何なの……」

 とっさに飯田を盾にして首に腕を回し、真一のほうを向いた。この男、今潰しておかないと厄介なことになりそうだ。まさかこいつも人間じゃなかったとは。そんな情報、聞かされていない。



 志保が先にけしかけた。鋏の片刃を真一に向かって投げつける。しかし真一の短剣ではじかれ、金属同士ぶつかり合う音とフラッシュのような光を放ち、双方中空へはじけ飛ぶ。

 どちらも細かな光の粉になり消えたかと思うと、再び双方の手から光が現れお互いの手に先ほどと同じものが握られていた



――くっそ……僕のは戦い向きじゃない……何とか防げてもこっちから行けないんじゃ――

 悔しそうな表情で相手を睨むしかできない。今はひたすら、あの2人が直哉を呼んで来てくれることを祈るだけ。



「あんた……何なの……こんなのがいるなんて聞いてない! あたしの邪魔すんな!」

「やだね……早くその子離せ!」

 暫くの膠着の後、志保は無言で飯田を絞めている腕を緩めた。ドサリとその場に飯田が咳き込みながら崩れる。


 走って近寄ってくる真一。気を取られている隙を狙い、志保の刃が空を薙ぎ払った。

 あぅ、という声とともに真一もその場に膝から崩れた。飯田が悲鳴をあげ顔を覆う。腹を抑える真一の指の隙間から、どろりと赤黒いペンキが漏れ出るように見えた。Tシャツがどんどん紅に変色していく。

「あはは、まぬけー」

 その時、勢いよく教室後ろのドアが開いた。

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