第72話 8月5日 夜明け

 石田が目を覚ましたのは午前3時半ごろ。夕方からずっと寝ていたようだ。周囲が真っ暗なのに驚いた。

 時計を見て昼なのか、夜なのか、把握するのに少々かかった。服もそのまま。


 ええと、いつ寝たんだっけ? 夕飯食べてない気がするし、どうやって帰ってきて……ああ、杉村と一緒に帰ってきて……駄目だそこから思い出せない。


 階段を下りると、当たり前だがみんな寝ていて誰もいない。空腹なので何か食べたくて探す。自分の分の夕食だろうか、ラップがかけられたおかず入りの皿がいくつか冷蔵庫に収まっている。

 そこまでしっかり食べるのも時間的にやめておこうと思い、そのまま目についたヨーグルトと、戸棚から菓子パンをもって部屋へ戻った。

 カーテンも閉めずに寝ていたようだ。夏とはいえまだ夜明けまで少々ある。真っ暗だ。外を見る。誰もいない。家の電気もついていない。街灯だけが道を照らし、カゴに目いっぱい新聞をつんだ配達のバイクが走っていく。


――新鮮――


 その言葉がぴったりだった。いつも見ている窓からの景色なのに、世界が違う。窓を開けると涼しい空気がさっと流れ込む。音一つしない世界。夏なのに空には冬の星座。車も人も通らないし鳥も飛ばない。


 菓子パンとヨーグルトを腹に入れると、再び横になった。しかしどれだけ目をつぶっていても全く眠くない。

 数十分立ったろうか。また窓辺に行くと、東の空がうっすらと青みがかっているのがみえた。

 夜が明ける。それが今の彼には新しい世界の始まりに思えた。今までの自分を切り離し全く違う道をいけるのではないか。そんな期待と希望が胸の中に芽生えていた。

 窓を閉め、カーテンは開けたまま、着替えもせずそのまま机に座る。ぼんやりと記憶をたどったがやはり思い出せない。また横になる。

 


 今までの関係を例えるのなら、トランプの城だろう。カードを向かい合わせに立てて上に積み上げていく三角形のタワーだ。ちょっとの衝撃でいつ壊れるともわからず、相当な緊張で成り立っている。下の方にいるのは自分たち。上に乗る者のために、崩れないように必死で土台を支える。

 でも昨日の友達は、ブロックの城のような安定感がある。順番も上下も好きなように組め、ちょっとやそっとでは崩れない。組めば組むほど頑丈になって、規格のあったブロックなら大きさが異なろうが色が違おうがくっつくことができる。


 自分はブロックの一片になりたい。身動きが取れず、崩れまいと必死でバランスを取り続けている日々を過ごすより、簡単に上、下、横につながり崩れにくい城の一部になりたい。頂点なんか立たなくたっていい。

 やっと、あこがれていた世界に足を踏み入れられた気がした。

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