第67話 7月31日(2) 淡い期待


「どこかの帰り?」

 先に行く直哉と千帆を目で追っていた石田は、突然真一に話しかけられ、我に返り

「ん、うん、ちょっと本屋に」

と答えた。

「そうなんだ。なんか元気ないみたいだけど、大丈夫?」

 しばらく黙っていたが、力ない声で逆に問いかけられた。

「なんで俺のこと、そんな気に掛けるの? あんなひどいことしたのに」

 真一は照れ笑いしながら

「一緒に帰った日、根っから悪い人じゃないなって思ったから」

と返答した。そんなことを言われるとは、石田はなんとなく気恥ずかしかった。



「やっぱり、警察とかいろいろ大人が話を聞きに来るの?」

 無言で頷く。それがストレスなのだろう。

「他の友達はどうしてるの?」

「塩野先輩と小林は鑑別所だって。他の奴は俺と同じ。でもまだ先輩慕ってるやつはいるみたい。俺や浜口はもう先輩たちと縁切りたいって思ってる方だから、他の奴のこともあまり様子きいてない。もう関わりたくないんだよ」


 ほとんどの時間、石田は家で1人で本や漫画を読み、ゲームをして過ごしているらしいが、電話の音にびくっとなったり、昼夜逆転になりあまり調子が良くないらしい。

 高校生の兄もいるが、塾や部活で顔を合わすことも少なくなってしまったため余計に話し辛い。今は家族とすら話すのが怖いと感じていた。


「……って何俺こんな暗いこと話してんだ。もういくわ、ごめんね買い物途中だろ?」

「ねえ、待って」

 真一はまた突然思いついて石田を誘う。

「今度、泊君や川口さんと小原さんと、えっと……サン何とかランドにいくんだ、一緒に行かない?」

 石田は驚いた。何を言っているのか分かっているのだろうか。真一以外の人間が自分を受け入れると思っているのか。首を横に振った。

「絶対このまま夏休み中1人でいたらおかしくなっちゃうよ、僕から頼んでみるからさ、ね!」

「でもそんな……」

「聞いてみないと分からないよ。今メモとか鉛筆持ってないから、連絡網の電話番号にかけさせてもらうね! じゃあ!」

 一方的に決めると、真一は先の2人を追いかけるように走って行った。止めるのも聞かず。


 石田は茫然としていた。サンなんとかランドというのは多分サンフラワーランド。あのアスレチックの公園の……。いつもの自分だったら絶対行かない場所だ。ガキがはしゃぐところ。そう思っていた。

 でも今は違う。何でもいいから一緒に遊んでくれると言う人間がいるなんて!

 内心はどこでもいいから真一についていきたかった。彼もまた自分とは真逆。それゆえに自分に無いところが輝かしく見える。

 でも問題は、彼以外の者が自分を果たして受け入れてくれるかどうかだ。祈るような気持ちで足早に家に帰った。急いだって今すぐ電話は来るはずなんてないのに。




「えーーーーーっ!! おぉい本気かよぉー!」

 夕方帰ると、真一は泊に電話をしていた。

「お前らを殺そうとしてた奴だぞ!? なんでそいつなんか連れてくんだよ、それに俺らだってあいつらにヤなことばっっっっかりされて来てんだぞ!」

「うん、気持ちはわかるよ、僕だって最初は敵みたいに見てたけど、実際話したら全然違うんだもん。それに今すごく元気なくて、警察にいろいろ話聞かれて、児童相談所の人もきて、なんかあのままじゃだめになっちゃうよ」

「だからってなんでお前が面倒みるんだよ」

「お願い! 一緒に行かせてよ」

 泊は渋った。しかしあまりの必死のお願いにとうとう承諾した。

「……お前がそこまで言うんなら……でも俺ぜってー一言も話さないよ」

「いいよ、僕喋るから」

「川口たちがなんていうか……」

 泊は川口たちの目的もうすうす感じていたので、邪魔が増えるのはどうかと思ったのもあった。でも真一がこうも頼んでくるなんてよっぽど石田が生気を抜かれた顔をしていたんだろう。電話を切ってはぁ、とため息をついた。



 真一は川口にも電話した。当然反対された。それでも必死で訴えると小原と相談すると言って一度電話を切った。

 文字を入力するより早いので電話をかける。小原はすぐに出た。

「あのさ、杉村君が石田を連れて行きたいって言い始めた」

「はぁ? 何それ! 今まで敵対してたのに、何があったの?」

「なんか元気ないから元気づけてあげようってことらしいよ。どうしてか仲良くなったみたいで」

「……うーん……ここで私たちがOKして優しいアピールをするのもいいかもしれん」

「えっ、なに賛成なの?」

「杉村君優しいじゃない、自分と意見を同じくしてくれる人だとやっぱりいい印象は持たれると思うんだよね。それにまあ、石田って小学校の時はそんな悪い奴じゃなかったから、どっちかっつったら周りにかぶれた方じゃん。根は普通の子なんじゃないかね? 我々の株をあげるのに役立ってくれんなら、一緒に来てもいいと思う」

 

 小原の意見で、石田の参加に同意することにした。電話をもらった真一はまるで女の子のように嬉しそうにはしゃいだ声で何度もありがとうと告げた。

 川口には電話の向こうで本当にお辞儀をしている絵が自然に浮かんだ。ここまで喜んでもらえると、裏の思惑があっての返事だったものの、素直にこそばゆさを感じてしまった。




 普段なら心臓が握りしめられるような電話の音だが、今日はいつ鳴るかと期待に変わった。

 呼び出し音の鳴った瞬間、大きく飛び跳ねたのは同じだが、母親が出る電話の対応に耳を澄ませる。


「しょーぅ、杉村君て子から電話」

 電話の子機をもちながら2階に上がる母親の足音がする。

 待っていたと思われたくなかったので、ゆっくり部屋の扉を開け少し時間稼ぎをする。だが内心は母親に心臓の音を聞かれるんじゃないかと思うくらい高鳴っていた。


「もしもし」

 受話器を受け取り、落ち着いたそぶりで出る。

「あ、石田君? あのね、川口さん達もいいって言ってくれた! だから一緒に行けるよ!」

「ホントかよ、よくOKしたな……」

 本心は真一と同じくらいのテンションで喜びたかった。ぐっと抑えて、日付と時間をメモに取る。

「良かったね。晴れるといいね。じゃあ当日ね」

「うん。なんか、ありがとう。俺……絶対断られると思ってたから……良かった」

「これから仲良くなればいいじゃない。大丈夫だよ。じゃあね」


 石田は電話を切って自然と笑顔になった。あの日から笑ったことなんてなかったのに。同時に泣きそうにもなった。電話を急いで戻すと、部屋にこもり、1人嬉しさをかみしめていた。



 風の子園の子供たちも真一が石田と一緒に遊びに行くなんて、誰しもが耳を疑った。小島の間違いじゃないのかと優二が聞き返したくらいだ。

「石田君だってば。仲良くなったばっかだよね」

 直哉に振ると彼も頷く。

「はぁ~~信じられん、あんな目に逢わされたのに?」

「本当だよ、ちゃんと反省してるみたいだったし、なんか拓と同じだったぞ。ぐにゃぐにゃしてた」

 直哉の例えに今までの彼を知っている者には想像することができなかった。あんなに周りに強く当たっていた人間が精気のない状態になってしまうとは、人生が狂うということはそういうことなのだろう。

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