第58話 7月8日(2) 2人の告白


 すうっと深呼吸すると、直哉は話を始めた。

「俺らは人間じゃないからだ」

「はっ?」

 当然ながら優二と拓が聞き返す。そんな答えは予想していなかった。

「知られたらここに居られなくなるから、絶対に黙っててね」

 怪訝な表情をしている2人を交互に見つめた。



 拓と優二は、次にどんな言葉が出てくるのかと構えた。

「俺は、人間が天界って呼んでいるところから来た。天使ってやつだ。俺は死神と天使の両方の血を引いてるから偽物だけど。

 姿かたちは人間と同じだけど、ちょっと特殊な力があって、例えば俺なら人の意識の中に入り込んだり、人の生命力を奪ったり魂を取ったりできる」

 真一もその後に続いた。

「僕は皆が悪魔って呼んでる存在でね。あのとき傷口にキスしたのは、痛みを忘れる悪魔のキス。精神的にも効くんだ。何度も痛みを忘れて、同じ罪を繰り返すための劇薬みたいなもん。あれのおかげで痛みが飛ぶし、記憶に蓋をすることもできるんだ。僕があの時ああしなかったら直哉は痛みで悶絶してたし、拓も錯乱状態のままだったと思う」



 何が何だか分からない、といいたげな表情だ。構わず直哉が続ける。

「拓が俺刺して、周りが逃げた時、真一がまず俺を助けてくれただろ。ものすごい痛くて身動きが取れなかったけど、真一のおかげで病院まで落ち着いていけたし、拓もそう。俺刺した後にもう半狂乱でぶるぶる震えてたから、真一が眠らせたんだ。気付いたら病院にいただろ?」

 拓がうんうんと首を縦に振る。


「病院で話をしたのは夢じゃなくて本当だよ。実際今みたいに会話したんじゃなくて、俺が拓の意識に入ってお前の精神と直接話したから、夢みたいに記憶されてる。

 人間て自分の中に双子がいるんだ。いい奴と悪い奴。その2人と話してお前の家族のことも聞いた。

 それ聞いてさ、俺、自分と重なったんだ。俺の父親は天使だけど、母親が死神と不貞を働いて、悪魔の血を引いた欠陥品の俺が生まれちゃった。だから父親に捨てられて当然だし、兄貴が天使として優秀なのも当然」

 優二も拓も、口を半開きにして真剣な顔で聞いている。

 直哉は少し黙ったが、再び覚悟を決めたかのように深呼吸をした。



「一時期は変な奴に引き取られて、俺は人を殺す役目を持ってた。悪魔も天使も何人も殺した。でもそれを間違いだって教えてくれた人がいるんだよ。その人に何度も何度も『お前は他人の親切ってものを知らない。他人を知って好きになることを覚えろ』っていわれてさ。ここに来てそれが凄くよくわかった。人を知ることでこんなにも世界が変わるんだーすごいなって。」

 直哉の過去がとんでもないものだと知り、皆は無言で聞き入っていた。



「俺、自分のしたことが大罪だって知ったら、本当は生きてちゃいけないんだってずっと思ってたの。だからここの世界に来た時も、誰か俺を殺してくれないかって期待しながらやられ続けてたんだ。

 もし今でもあの時の気持ちのままで拓に刺されていたら、俺は本当に死んでたかもしれない。でも、俺は良くても拓の人生が狂っちゃう。今だからそれに気づけたけど、自分勝手な死が他人の人生をめちゃくちゃにするっていうのも、ここに来て教えられた」

 真一を見る。それに気づかせてくれたのは彼だからだ。謝辞のような気持ちだった。



「今までしてきた罪は取り消せないし、謝ったって許してもらえない。なら今度はその分償いをいっぱいしようって決めたんだ。今はまだみんなに助けてもらってばっかりだけど。この世界で大人になって、働いて、1人でも多く、俺がしたことで幸せだって思ってもらえる人が出るようになったらいいなぁって思ってる」




 3人とも直哉をじっと見ていた。こんなに沢山長く話す直哉が珍しいのと、そんな思いを秘めていたなんて知りもしなかった。

 優二も受験生となった孝太郎を間近で見ている分、ぼんやりと進学や将来のことを考えていたが、何か自分が見落としていた事を指摘された気がした。直哉は続けて話した。


「天使も悪魔も、生まれつき備わってる属性みたいのがあるんだよ。人間で言ったら特技とか、性格みたいなもんでさ。個人個人武器とか法具とかを出すことができるんだ」

 言い終わらないうちに、前に伸ばした右手から小さな光の粒がちらちらしたかと思うと、突然わっと増え、1秒足らずで深紅の大鎌が姿を現した。端から端まで直哉の背丈もあろうかというその迫力に、思わずひゃっと優二がのけぞる。


「お前が公園で襲われたとき、松葉杖でぶっ叩かれそうになったろ。その時これで切り落としたの。おかげで弁償になっちゃった」

 今見ているのは夢ではないのかと疑うような光景だった。誰かに入ってきて見られるとまずいので、それは出現するよりも早く、瞬時に消されてしまった。



 直哉はぱたんと腕を空中から落とすと、優二を見つめて話し始めた。直哉の赤い瞳に見据えられると身動きが取れないような気になって、構えながら聞いていた。

「俺も、真一も、ずっとここにいたいと思ってる。みんな大好きだし、学校も……まあ殴られたりはするけど楽しいし、生まれた所よりもずっといい所だと思ってる。だから知られたくないんだ。大騒ぎになるだけじゃなくて、俺らを追ってくる奴がいるかもしれない。お願いだから人に言わないで。俺ら皆に何かあったら絶対助けるから。ここにいさせて。俺らのこと嫌いだったら関わらないでもいいから。お願い……」


 非現実的な現象を目の当たりにし、ただただ驚くしかなかった。本当に現実なのか。夢のなかに居るのか?

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