第52話 7月4日(1) 商品

 

「あの夫婦、お前のこと引き取るってよ」

「本当にうまくいく?」

 無人になった駅前ビルの一室に入り込み、会話する者がいた。


「ああ、のりのりだった。自分の子供は今頃ミイラになってるか、骨だけ残して溶けてるかだもんな。こんなことばれたら一生刑務所だわ」

「そこで娘に成りすませば、本当に死神に会える?」

「ああ会える会える。その学校にいるってのは確かなんだから。あとはお前が色仕掛けでも何でもして、そいつの力をださせりゃいいんだよ」


 肩より少し長めの髪、前髪は目のあたりまで伸びている。なんだかサイズの合っていない半袖Yシャツと、膝上の黒のスカート。靴は少し使い込まれた革靴で、靴下は履いていない。口を真一文字にむすび、杉元をにらみつけるように見据える。

「その死神って、まともな男なの?」

「じゃなきゃお前を使わないって。とんでもない初心な男の子らしいよ。ひっかけんのは楽勝だろ。それにお前だって女相手じゃその気にならない、だろ?」

 にやにやと笑いながら少女をあおる。

「そんなんじゃない! 体を入れ替えてもらえれば何だっていいんだよ。私と、人間の女と」

「はいはいわかってますよ」

 杉元はいい加減に答える。少女は前髪をかき上げて、低い声で呟いた。

「もう戻りたくないもの」



 杉元がソファから立ち上がり、彼女の背後へと歩み寄る。

「何としても死神に力使わせろよ」

 そっと後ろから抱き着いてきた。

「やめてよ!」

 腕を振りほどこうとしたが力は強く、抜けられなかった。杉元が彼女の体を乱暴にソファに押し付けると、にやりと笑って首を抑えつけた。

「うっ……あっ……」

 息ができなくなりもがく少女。自分をソファへ押しつぶすかのように伸びる腕を必死で叩く。

「もし裏切ったりしたら……またあそこへ突き返すよ?」

 少女の顔は真っ赤になり、涙をこぼした。しばらくすると白目をむき気絶した。

「あーあ。気絶しちゃった。あの家行くまでに回復するかね」

 髪を掴んで頭を持ち上げながら軽く揺する。狂気じみた笑みを少女に向ける。

「『ファミリークリエイト』の大事な商品なんだから。早く戻れよなァ……バカみてぇ……アハハ……」

 意識のない彼女を担ぎ上げると、鞄を片手に持ってそこを後にした。

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