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第46話 6月26日 事件の後
優二と真一は通常通り学校へ行き、放課後は部活に出ず警察に任意で事情聴取に応じる。直哉は医師にも許可をもらい、病室で警察に聴取を受けた。
拓は昨日よりは落ち着きを取り戻したが、なかなか恐怖が取れずに話せないところもあった。
警察に捕まった生徒は個別聴取も幸いし、石田は最初から素直に事の顛末を白状した。
3年の塩野と2年の小林が、たまたまエンジンのかかったバイクを盗みそのまま逃走。途中バイクに積まれていた荷物を川に投げ捨た。通行中の女性からカバンを奪い、現金6万4千円とクレジットカード、携帯電話などを奪い、そのほかの荷物も同じく川へ投げ捨てた。カードは買い物をしようとしたところ店員が女性名義だった事を怪しみ使うことができなかった。結局それもどこかへ投げ捨てたという。
財布の中に入っていた小銭は自販機で使い、札はその時集まっていた仲間で分けてしまった。拓に渡した一万円もそれだ。バイクは駅の近くにあった放置自転車だらけの駐輪場の隅へ捨てた。
その後、警察が回ってくるようになり、コンビニの防犯カメラで自分たちが怪しまれている事を知ると、身代わりを立てる計画を立てた。
小学生の拓と中学一年の井口、共にまだ12歳なので、刑が軽いはずと警察へ行かせることに決めた。井口はやる気だったが拓が渋り、小学校の帰りに捕まえてそのまま人通りのない河原へ連れ込み脅した。うんと言わせるまで帰すつもりがなかった。
脅して暴行し、やっと返事をさせたところ、拓を探しに来た風の子園の3人と遭遇。
最初は喧嘩でなんとかなると思ったが直哉が強く、これでは騒ぎが大きくなるだけだけだ、と安西が井口の持っていたミニナイフを使いゲームをしようと言い出した。
拓にナイフを握らせ、どちらかを刺すように指示する。安西に逆らえるはずもなく、周りから早くやれと蹴られ殴られ、やるしかなかった。
直哉を刺したため、本当に警察に行かせる口実ができたと拓だけ連れて行こうとしたところ、直哉が離さないので自分たちだけ逃げた。
石田同様全てを淡々と話し、事の重さにつぶされそうな心境で後悔する者もいた。安西についていけないと感じた者は彼を悪の中枢のように話す。仲裁したら自分が拓や井口のようになる。先輩に下手に逆らったら学校へ行けなくなるどころか外も歩けなくなる。
警察官は心境は分かるが、止める勇気がなぜ出せず、そんな年下の子をいたぶったり警察を挑発したりする勇気はあるのか。年上として間違っていると皆同様に諭された。
その一方、金をとった理由は遊ぶ金が欲しかったから、バイクに乗ってみたかったし、警察との鬼ごっこもスリルあるしやってみたかったから、と何のためらいもなく口にする者もいた。悪びれる様子もなくむしろ得意げに語る中学生には、警察官が怒り心頭で怒鳴りつけた。
拘留が説かれたのは丸一日たってから。拓への暴行については、軽傷の類だったためほとんどの者が書類送検となった。
小林、塩野は、盗難、窃盗、暴行、傷害、隠蔽など様々なものがくっついてきてもう少し長くなりそうだ。
石田は刑事に最後にどうしても聞きたかったことがある。藤沢直哉は大丈夫か。けがの程度はどのくらいか。拓はどうなるのか。
詳しくは教えてもらえなかったが、2人は入院中、命に別状はないということだけ教えてもらえた。
真一と優二が警察から帰ると、風の子園に中学、小学校の先生、市の教育委員会の大人など数人が食堂に集まり、園長と話をしていた。
「おかえり」
純が小声で迎える。
「今大事なお話してるから静かにしてって。おやつは冷凍庫の中にアイスあるよ」
「ありがとう」
小声で最小限の会話で済ますと、手洗いうがいの後、冷凍庫から牛乳棒アイスを見つけて部屋へ持っていった。暑さですぐに水滴がつき、手に垂れてきた。
優二が着替えを済ませアイスをくわえながら真一の部屋に来た。
「拓、どうなるんだろ」
床に座って話す。
「ここに戻ってこられるかな」
「12歳以下だと逮捕にならないって聞いたことある。保護観察処分とか、鑑別所とかに行くようかもなぁ」
真一にはどんなところなのか想像もつかなかった。非行を行った子供を矯正施設に送るか、家に帰すか判断するところだ、と教えられた。
「あの子が一番の被害者なのに。なんでこんな目に合うんだろ」
「いくら仕方ないって言っても実際人を刺したんだ。それなりの代償は払わなきゃ。この前毅にぶつかったみたいな態度じゃ社会が許さないってのを学ぶいい機会だ。あいつも少しは反省するだろ。反抗的な態度ばっかとって皆に迷惑かけて不良らとつるんでさ。いざっていうとき助けてくれる奴があの中にいるわけない。今回はたまたま誰かが小島に言ったおかげで俺らが知ったんだ。運がよかったんだよ」
今までの不満をぶちまけるように優二が腹立たしさをにじませぼやく。
「んー、気持ちはわかるけど、そんな突き放したら可哀そうじゃない?」
「いいのこのくらいお灸据えないと、ああいう子はわかんないの」
真一はそれ以上言わなかった。自分よりも長く拓と付き合いがあるのだ。今までも頭に来ることが多々あったんだろう。
「でも誰が小島に言ったんだと思う? 見当つかないんだけど」
ふとした疑問を優二が口にする。小島に「俺のこと言うな」と釘を刺し、誤字だらけで、わざわざメールを送るほどの人物……。
「わざわざメールするってどういうこと?」と聞いてみたところ
「ラインだと残るし、間違ってグループとかに送るとまずいからじゃない? 電話じゃ聞かれる。メールならお互い後で消せばいいし」
と意見が返ってきた。真一には仕組みがわからないが、そのメールというやつが証拠が残りにくいという理由のようだ。
そこでなんとなく先日から態度が気になっていたので、石田ではないかとうっすら浮かんだ。だがその人物は自分のことを知られたくないのだから、下手なことを口にしない方がいいと思い黙っていた。
数日は真一1人で授業だ。授業後、菊本にちょっといいかと呼ばれた。
「藤沢君、もし期末試験に間に合わなかったら1人でテスト受けることになるんだけど、絶対問題喋っちゃだめだからね。違うテストが出るけど範囲とか一緒なんだから」
「はい」
「あと彼、大丈夫なの? 同じ家の子に刺されたって……」
周りに誰もいないのに小声になる。どんな顔をして答えればいいか困ったが、普通に「大丈夫みたいです」と答えた。
「すぐ動きたがって、じっとさせているのが大変です」
冗談交じりに言うと、菊本も深刻な容態ではなさそうだと悟り、少し笑顔になった。
家に帰ると大人たちはまたあっちこっち行ってしまったようで、真子しかいなかった。
「また、病院とか警察ですか?」
「うん。園長は教育委員会にも行くって言ってたから、遅くなるかもね」
「拓のこと、昨日話してたんですか?」
真子が無言で頷く。警察からも話が午前にあったらしく、書類送検の保護観察処分が下されるだろうということだ。親は来ても顔も合わせないし、全部こちらに押し付ける。親らしいこと何一つしない、と、真子にしては珍しく苦悩した本音が出た。
「拓はここに戻ってこられますか?」
「十分反省もしているし、まだ12歳未満っていうのもあるし、直哉がね……『こんなの全治1週間だ』って騒ぎまくってけがの程度を軽く申告しろって迫ってるらしいから」
「ああ……」
あの刺し傷が1週間で治るわけがない。少しでも拓の犯したことが軽くなるように言っているのだろう。
「警察にも拓をかばうようなことをずっと言ってるらしいの。今まで全然接点もなかったし、むしろ拓のほうから嫌って近寄らせなかったのに。なんであんな風に思えるのかね」
以前、自身に似ていると言っていたことをふと思い出した。何か放っておけないところがあったのだろう。
「拓は精神的ショックが大きくて、食事できないんだって。食べてもすぐ吐いちゃって、しょうがないから点滴してるの。退院はもう少し先かな。やっぱ連日警察とか児童相談所の人に聞かれて思い出すのがストレスなんでしょうね」
「拓に会うことはできないんですか?」
「会おうと思えば会えるよ。多分警察ついてくるけど。口裏合わせしないようにとかじゃないの?」
―――子供だけになるのは難しいか―――
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