第40話 世羅と沙織のSOS

 掃除やごみ捨てをして後片付けを終え、世羅が下校するときだった。

 校門の脇に中学生が沢山いて、出てくる生徒をずっと見ていたそうだ。

 その後、沙織が飼育委員会の仕事で鶏小屋の掃除を終え友達と下校すると、拓がその中学生に囲まれていたのだが、いつもの軽い雰囲気ではなかったという。

 なにか怖い感じがした、と彼女は語った。


 しばらく隠れて様子を見ていたが、中学生と一緒にどこかへ行ってしまった。学校を出て右の方へ行った、と話したので、優二が補足を入れた。

「小学校からうちに帰るには左に曲がるんだ。右に行くってことは家には帰らないかも。あいつらと一緒にどこかに行ったんだろうけど、あっちは割と広い公園と河原と、神社くらいしかないな」

 どっちにしろあまり人気がなさそうな所には変わりない。


「あとね、ちょっと聞こえたのが」

 沙織が両手の指を絡ませながら恐る恐る話す。

「聞き違いかもしれないよ? 『昨日カネやったろ』って言ってた気がする」

 これには3人とも「カネ?」と声を揃えた。今日のひったくりの噂と言い、その言葉を発した人物が人物たちなだけに、これは何かあるのでは、と不安になった。

「だから福島さんに言った方がイイかな、と思ったんだけどいないから……」

「俺が行くよ」

 直哉の言葉に優二が慌てて止めようとする。

「えっ、ちょっと待てよ大丈夫かよ、大人が行った方が……」

「その間に何かされたらどうするんだよ、俺なら大丈夫だよ」

「じゃあ僕も行くよ」

 真一まで同調した。

「えぇ……、お前ら大丈夫かよ、試験計画表提出しなきゃいけないのに」


 計画的な勉強のために、期末試験前2週間からこの学校では計画表を提出することが定められていた。テストに向けた理解力の確認、学力の向上、夏休み前の苦手部分の洗い出しという意味だが、宿題以上に面倒くさいと生徒には大不評だ。だがそのおかげでどうやって試験に備えるかを組み立てられる。この制度を取り入れてから、赤点を取って補修を受ける生徒がかなり減った。

「拓のほうが心配だもん。帰ってきてからやるから」



「直子さんちょっと出てきます!」

 慌てて行き先も言わずに玄関に向かう二人を慌てて呼び止めるも、走って行ってしまった。優二が後から事情を話したが、そんな危ないことして! と気が気ではなさそうだった。福島君が帰ってきたらすぐ向かわせるといい、優二を部屋に戻した。


 ヒントは公園か川か神社。それだけだ。人気のない場所へ行くしかない。とにかく近い方、公園からまず向かった。

 公園内でも人目につかないトイレや遊具の中、近隣も探した。ここは不発だった。

 次、神社。静かな分話し声がしたら分かる筈だ。境内に入り本殿に手を合わせて「ちょっと失礼します」と一礼する。本殿の裏、参道の脇、トイレやその裏、史跡の裏、姿もいた形跡もない。

 川原に行く。拓が以前家出した際に潜んでいたという、ただ開けた場所だけの公園。茂みばかりで隠れにるにはいいが、大人数で潜むものではない。

 しばらく探したが蚊に刺されるし、細長い草で腕が切れるし、ここじゃないな、と早々に見切を付けた。



 倒れた朽ち木に腰を下ろす。

「行くとしたらどういうとこかな……」

「右に行ったって言ってたけど、必ずしもこっちとは限らないとか?」

「うーん、でもあれだけお巡りさんがいたし、もっと人目のつかない所に行く可能性はあるかな」

 2人してしばらく、この周辺のまだつたない土地情報を頭の中で探る。

「堰の方はどう、ほら、川沿いに降りる階段があったでしょ……」

「行ってみるだけ行ってみるか」

 

 すぐに立ち上がり、そこから歩いて5分ほどの堰へ向かう。道路から川岸へ降りる錆びた階段を、カンカンと音を立てながら慎重に下りていく。

 護岸工事のため階段状の地形になっており、階段を下りた場所は川よりも一段高く作られた崖の上だ。斜面はコンクリートのブロックで固められている。その下は人の手入れが全くされておらず、伸び放題の草、絡まるツタや増水で流され引っかかったごみ・流木が、テントのように低木の上に覆いかぶさる荒れ地。踏み入れられる状態ではない。


 歩き回れる範囲はこの唯一降りられる一段目だけ。細長く狭く、行ける範囲の上流側の先は、下水道の排出口に突き当たりそこで足場は途切れていた。

 反対側の下流の側は、もう何年もそこに立っている年季の入った「マムシ注意」看板と、放置された木々の伸びすぎた枝が阻んでいた。

 ここから先に進んだとは考えられない。すぐに引き返した。



「ねえ……」

 少し黄味がかって来た陽の光の中、真一が不安そうに直哉に呼びかける。

「拓じゃ、ないよね……」

 直哉も少し同じことを思っていたが、まだ小学生だ。いくら周囲に冷たい態度で1人強がっていても、バイクに乗って人のカバンをひったくるほど精神はマヒしていないだろう。そんな度胸もあるとは思えない。

「違うよ、絶対」

「そうだよね」

 それ以上2人とも何も言えなかった。何かに巻き込まれているのではないか。それだけが心配だった。時間も遅くなったので園へ引き返す。

 たのむ、帰っていてくれ! 祈る気持ちで玄関の戸を開けた。

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