守護者

第32話 6月17日 騎士のように

――日曜日。


 梅雨の時期は雨ばかり。しかも休みの日に限って降るような気がする。

 外で遊べない子供たちの有り余るパワーは屋内で爆発していた。キャーキャー、どたどた走り回るちびギャングを孝太郎がいくら注意しても効果がない。

 居心地悪そうな千帆をみて、直哉が買い物を請け負った。直子に買い物リストをひらがなで書いてもらい、連れ立って外へでる。



 小さな赤い傘と、透明ビニール傘が並んで歩く。行き先はここから5分ほど歩いたスーパー。交通ルールも1人で歩けるくらいには理解してきた。

 がぽがぽと長靴を引きずって歩く千帆と手を繋ぎ、無言で歩く。交差点や信号になると2人して「赤は、止まれ」とか、「右、左、右、大丈夫」と声を出すものだから、周りの人がじろじろと見てくる。


 スーパーに入る際には傘をたたみ、水気を切ってビニール袋にいれる。うまくできない千帆の分は直哉が手を貸す。

 周りの客はこの異色のコンビをじろじろとみていたが、2人は気にしない。カートを押しながら店内を進む。

 千帆に「お豆腐取って」と直哉が声をかけ、千帆が小さい両手で豆腐をつかみ、直哉に渡す。それをかごに入れる。ただそれだけのことが2人にとって社会に溶け込むための大事なリハビリのような行為だった。


 大勢の大人が脇をすり抜けていく。カートが自分に向かってくる。大きな荷物とすれちがう。それでも怯えずいられるのは、千帆が直哉に安心感を持っているからだろう。

 直哉も簡単な漢字は読めるようになってきたし、カタカナで書かれていても、ひらがなで書かれたメモと同じ商品と認識できるようになった。



 ゆっくり時間をかけ買い物していると、精肉売場で「あっれぇ、藤沢君」と声をかけられた。

 同じクラスの女子、吉岡朱音よしおかあかねだった。いつも左右の高い位置でおだんごヘアにしている、活発な女の子。分け隔てなく誰にでも接しフレンドリーだ。そのおかげで直哉も気兼ねなく話す事ができていた。

「あ、吉岡さんも買い物?」

 一瞬足を止めて彼女と立ち話をする。

「うん。お母さんと買い出しに。風の子園の子? かわいい~」

 千帆は恥ずかしくて足元に隠れてしまった。

「こんにちは言おう」

「・・・・・・う」

 うまく言えない千帆の頭を、しゃがみ込んだ吉岡がポンポンと撫でる。

「か~わいい~~。偉いねぇ、面倒見てお買い物行って」

「早く慣れなきゃと思って」

「ますますエライ! ご苦労さま。じゃーね」

 彼女はソーセージの袋を取って去っていった。


 レジで精算をする。お金は充分入ってるからと渡された財布だが、いざとなると緊張する。

「4千3百28円です」

 電子表示板を見つめ、落ち着いて千円札4枚と百円玉4枚をとりだす。

「72円のお返しになります。ありがとうございました~」

「ありがとう」

 店員が千穂に笑いかける顔を後にし、ふぅと一息ついて籠を台へ移動する。千帆用に小さいマイバックと、直子が使っている大きなマイバックを広げ、分けて入れる。


 千帆は表情にはださないが、どこか誇らしげに袋を持ち、また手をつないで店を出る。こうして自分もお手伝いが出来た事が嬉しいのだろう。

 しかし傘を持つと手が繋げない。先ほどの誇らしさはどこかへいき、眉がハの字になってしまった。

「そばから離れるなよ」

 直哉が一声かけるだけで安心するようだ。


 雨脚は先ほどより弱くなったが、長靴を履いていない直哉の足元はびっしょりだ。歩みの遅い千帆を気遣いゆっくり歩く。

 途中コンビニの前を通る。たまたま店内に立ち読みする石田と高畑、早野がいた。


「おい、あいつガキ連れてるぜ」

「自分の子供だったりして」

「まあ早熟~~」

 石田はなぜか、それを見て何も言えなかった。ただ2人の姿をじっと目で追っていた。ものすごく不思議な感覚に襲われた。普段見せないような優しい顔。何か話している。女の子が頷いている。

 ただそれだけなのに包容力がすごい。まるで見えない壁で彼女を囲んでいるような安心感がある。ちらっと見えた女の子の表情もニコニコして、こんなに足元の悪い状況なのに楽しそうだ。

(俺らには絶対見せない顔だな……)

 同じ年代のはずなのに、随分と大人に見えた。


 突然2人の真横から背丈ほどの水しぶきが上がった。車道を走る車が勢いよく水たまりの泥水を跳ね飛ばしたのだ。あっと思ったがもう遅い。慌てて背を向けたものの、下半身びしょびしょになっていた。

「大丈夫か」と言っているような口の動きと、跳ねて足についた泥を優しく払ってやるも、濡れているので途中で諦め笑いながら歩き出す。女の子も下を向いて恥ずかしそうにしている。

「あいつあんな顔すんだなあ」

 早野が物珍しそうに言うと高野も見たことないと同調した。

「あの子も施設の子だろ?」

「じゃなかったら誰だよ、誘拐かよ。ハハハハ」


 石田だけは無言で目を離せずにいた。珍しい光景だから? 体験したことのないシチュエーションだから? いや、それ以上にドキリとするような直哉の仕草。

 よく女子が「こんな仕草にキュンと来る」と言ってギャップ萌えだ何だキャイキャイ騒いでいるが、まさにそれだ。同性の自分からみても、自分らと対峙して真正面から見据えられる顔と、素直に出ている笑顔とのギャップが激しいのに見とれる。


 それに字も書けない、読めないのに、どこからこんな「頼り甲斐」が出てくるのだろう。自分が考えている強さは、喧嘩が強くて周りに文句言わせないことだと思っていた。だが全く違う。彼はただ幼女と歩いているだけで、腕力体力だけではない強さを感じた。


「何ボーッとしてんだよ」

 高畑につつかれ石田は「えっ?」と我に返る。

「そろそろいこー」

 3人は店を出た。石田が店を離れるとき、直哉たちの進んでいった方を振り返ったがもう姿はなかった。

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