番外編2

魔法少女に憧れて

 「え、ちょっと待って。今なんて言ったの?」


 並んで見ていたポータブルのBlu-rayプレーヤーの再生が終わるなり勢い込んで言ったシュリーズの言葉を、まさかね…と思いながら正宗は聞き返した。


 「だから、魔法少女になりたい!…と言ったのだが」

 「えええ……」


 自分の聞き違いではなかったことに安心すべきか、聞き取った内容があんまりだったことに頭を抱えるべきか、しばし迷う。

 お盆の午前中から何をしているのかと言えば、昨日出来なかったアパートの掃除だか草むしりだかを始めた小次郎に追い出され、暇を持て余していたシュリーズが乗り込んできている。

 手ぶらかと思いきや、アナスタシアに借りているBlu-rayを視たいと持ってきていたので、父親に液晶付きのポータブルプレーヤーを借りて、自分の部屋で一緒に視ていたところである。

 何も世間さま一般がご先祖をお迎えしている日にするようなことではないのだろうけれど、自分も興味が無かったわけではない。

 天気も良好とは言いかねたので、まあお昼ご飯の時間までくらい付き合っても思い、ディスク一枚のアニメーション映画を一本丸々見終えた時に、斯くのような世迷い言もとい熱烈な感想を述べたという次第だった。


 ちなみに本日、シュリーズの姉であるグリムナが何をしているのか、といえばシュリーズ曰く小次郎の大掃除に付き添っている、ということだったが想像するに間違いなく、手伝っていたりなどしない。きっと、自分一人だけ椅子の上で胡座でもかいて小次郎のやることにケチをつけているというところだろう。

 そして小次郎の方も最初は適当に聞き流してはいられても、そう時間も経たないうちにグリムナの手前勝手な行状にブチ切れて今頃は二度目くらいの口論でも始まっている頃合いだ。


 そう思って、いっそグリムナもこっちに引き取ってシュリーズとひとまとめにしておこうか、そうすればこーいうあまりにもあんまりな妄想を披露し始めたシュリーズをなんとかしてくれるに違い無い、などと計算し始めたところ、黙り込んだ正宗を怪訝に思ったのか、シュリーズは隣に座っている正宗に向き直って、少しばかり申し訳なさそうに口を開く。


 「…正宗、もしかしてまた私はお前を困らせるようなことでも言ったか?」

 「あーうん、そんなことないから気にしなくていいよ」


 言った後で少し、しまったと思った。

 邪険にするつもりもないのだが、どうしてもこの子犬のようなところのある、異世界から迷い込んだ少女に対して厳しくあたれない、自分の世話好きというかお人好しな性分が恨めしかった。自覚がある分余計にである。

 こういう時、根っこの所では過たず、それでいてシュリーズを傷つけないようにあしらえる小次郎が心底羨ましかった。自分ではどうしても際限なく甘やかしてしまう。


 「えーと、それでなんでいきなり魔法少女になりたいとか言い出したの…って、今視た映画に影響されたのは分かるけど」


 と、プレーヤーの隣にあるパッケージをちらと見て取り繕う。

 今見たのは、普通の少女が何事かに巻き込まれて魔法少女として覚醒し、ライバルと戦ったり和解したり共闘したりと、一本の映画としてもなかなか面白かった内容だったとは思う。

 ただそれが、シュリーズの心の琴線に触れるのはまあ分かるとしても、果たして自分もそうなりたい!とか思える内容かどうかというと、何かそれも違うような気がする。

 あたしが小さい頃見たのとも大分違う気がするんだけどなあ、と思うのは、何かと物騒な内容というか主人公の女の子の葛藤やライバルの少女のトラウマにも踏み込んだ、必ずしも子供向けとは言い難い内容であったせいだろう。何か小次郎の部屋で読んだことのある、男同士が決闘するようなマンガに似ているような気もする。


 「ふふ、正宗の疑問はもっともだ。だがな、この物語を通じて私が思うのは…まさに!私こそが!魔法少女だということなのだと!」

 「…さっぱり意味がわかんない」


 一人立ち上がって熱弁を振るうシュリーズを下から見上げながら正宗は、微かに頭痛を覚えた。


 「ああ、済まない。だが冷静に考えてみてはくれないか?まず、魔法少女とは何だ」

 「何だと言われても、魔法を使える女の子?くらいにしか」

 「正宗、今見た熱き物語を通じて得た答えがそれでは困るぞ?」


 腕組みをして、物わかりの悪い生徒をどう仕込んでやろうかと舌なめずりする敏腕教師みたいな顔で、シュリーズが見下ろしている。

 魔法を使える杖を振り回してガチに戦うお話の主人公を魔法少女と言うのなら、子供の時に自分が見た魔法少女のアニメは一体何だったんだろう、と思いながらも正宗はシュリーズが次に何を言い出すのか待つ。


 「………ふふふ。日常に紛れ込む危機、そして唐突に訪れる非日常と隠された力の覚醒。現れたライバルは強く気高く、そしてその戦いを通じて得た友情の力で強大な敵に立ち向かう姿は実に美しい。何よりも、魔法の力で得た身姿の素晴らしさといったらどうだ!正に私に与えられた役割そのものではないか!」

 「…えっと、要するに変身してライバルがいて何か強い敵を倒すのがピッタリってこと?」

 「魔法少女に随伴する心強い相棒と、少女を導く存在も忘れてはならぬぞ?」


 と、言われたので正宗は指を折りながら、思いついたものを数え上げる。

 ライバルはあのラチェッタとかいった半裸の女の人で、導く存在はシュリーズより背が低くて小次郎と何かとケンカしているし、マスコットに至っては口の悪い空飛ぶラジカセ。そして何よりも、変身はするけど変身した姿に振り回されていたシュリーズ…。


 「………ごめん、それはないわ」

 「おいぃぃぃぃ!」


 自分の中では完璧だった理論を事も無げに否定されて、シュリーズは脱力している正宗に食ってかかる。


 「だって何一つ合ってないんだもん。もー少し客観的に自分を見てみようよ」

 そうして一つ一つ、シュリーズの挙げた魔法少女的要素とやらが自分からどう見えたか説いてやると、終わりの頃にはそろそろ馴染みになりつつある半分涙目の凹んだ顔になっていた。

 「…うう、正宗にも私はそういう風に見えていたのか……」

 「少しは自覚あったんだ…」


 まあ、そう思って自信を無くしかけていたところに、何やら自分を重ねて見れる映画で力づけられていた、というところなのだろう。それを一言で否定されて落ち込みたくもなるの分からないではない。

 膝を抱えてのの字を書くシュリーズは年不相応に可愛くはあって、このまま放っておくのも気の毒に思えた。


 「あのね、シュリーズはそんなこと気にしなくていいんだってば」


 ぴく。

 微苦笑で言葉をかける正宗の声に、シュリーズはいじけた仕草を止める。


 「それはまあ、確かに格好良くなんてないかもしれないけれど…わあ、そこで落ち込まないでよ!続きがあるんだから…」


 持ち上げる前の一言で完全に面を伏せてしまったシュリーズの背中に手をあてながら、慌てて言葉を続ける。


 「…うーん……上手く言えないんだけど、海浜公園であたしと小次郎を守ってみせるって言って、それで滅茶苦茶になってしまってたシュリーズは、強くは見えなくてもあたしにはすっごい憧れられる姿だったよ?怖かったのも確かだけど、見とれてしまったのも本当だもん。小次郎だって…それはあーいう奴だから言葉になんかしないだろうけど、同じように思っているはずだよ」


 小次郎の名前を出したのが覿面だったのだろうか、手を当てた背中に力が戻るのを感じる。


 「だからさ、シュリーズはそんな表面的な格好良さとか、そういうのを気にしないでいつもの自分でいて良いんだよ。あたしも小次郎も、そういうシュリーズのこと、好きなんだからね」


 慰めるのだか励ますのだか分からないが、我ながら恥ずかしい告白をしてしまったように思う。

 だがそれも正宗の本心だ。それを告げて後悔したり誤魔化しにいったりするほどには、正宗は捻くれてもいない。

 というか、そういう三枚目な振る舞いは小次郎の専売特許だと、ほんのり可笑しくなって吹き出すと、シュリーズも振り返って正宗と見合わせた顔に笑みを浮かべる。


 「…そうか。私は私のままに振る舞えば良いということか。正宗の言葉は優しくて、そして強いな」

 「そう?思ったことをそのまま言っただけなんだけど」

 「なに、それで誰かを力付けられるというのは正宗に正しく備わった良き資質だ。願わくば、それをずっと失わずにいて欲しい。我が友人に対する真摯な願いだ」

 「…あ、ど、どうも……アリガト」


 と、正面切って褒められればそれはそれで、面映ゆい。

 紅潮する頬の火照りを抑えようと顔に当てた手の感触をどこか心地よく感じながら正宗は、このどこか無軌道な友だちがずっとこのままでいられるようにと、心から思った。


 「…さて、正宗の同意も得られたことだ。二枚目、行くぞ」

 「え?」

 「アナスタシア殿も実に気が利く。こーして盛り上がった心持ちのまま続きを見ることが出来るよう、揃えて与えてくれるとは大変にありがたいことだ。正宗、早速この『ぶるぅれい』を据えて欲しい」

 「え、あの、もしかしてこのままあたしも…?」

 「当然だろう。私は私のあるがまま振る舞えば良い。そう告げてくれたではないか」

 「あれはそーいう意味じゃなーいっ!!」


 要らんことを言ってしまったかもしれない、と正宗は激しく後悔しながら、このままどうにかして小次郎とグリムナも巻き込んでしまえないかスマホを取り出し光速で発信の操作をする。


 「ちょっと小次郎今大丈夫?え、大丈夫じゃない?でも聞いて。あ、うん今シュリーズと映画見てたんだけど。今からこっちに来て小次郎も一緒しない?そう、グリムナさんも連れて。え、グリムナさんが掃除手伝うことになったから行けない?そんな嘘つかなくっても…あ、それはまあ見張りは必要だろうけど…じゃあラジカセのひと…え、何か嫌な予感がするから行けないって?どーしてこういう時に限って勘が鋭いのよっ?!あ、うん違う違う。別に困ったことなんか無いから。無い無い。そうだシュリーズも掃除に、って邪魔しそうだから要らないってそんな身も蓋もない…あ、待って切らないで!小次郎ーっ!!」

 「さあ正宗。至福の時を共に過ごそう。ほら、実は三枚目もあるのだ。今日は一日ずっと盛り上がりっぱなしでいられるぞっ!!」


 見捨てられぼーぜんの態のところに更に追い打ち。

 朝訪れてきた時の三倍くらいのテンションでいるシュリーズを前に、八つ当たりだとは百も承知で、今晩は炊飯ジャーを抱えて隣家に乗り込む決意を固める正宗だった。

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竜戦士な居候との平穏な暮らし方 河藤十無 @Katoh_Tohmu

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