第86話 マルガリータ

 裁判は無罪で結審した。全てサヴォイア公爵のお陰だ。そして、公爵に裁判を傍聴させた娘のお陰でもある。

 裁判終了後、弁護人だったセリアは被告人だったカリーヌに会いに行った。


 カリーヌは個室で一人で裁判を振り返り喜んでいるようだ。


「カリーヌさん。良かったですね。無罪になって。」


「はい。ありがとうございます。これも公爵とセリア様のお陰です。」


「いえ、どういたしまして。」


「ところで、私達の命を救ってくれた人については何もわからなかったのですね。」


「はい。全く分かりませんでしたね。」


「私には心当たりがあります。魂の存在は信じますか。」


「はい、カトリックですので勿論信じますよ。」


「私は生まれ変わりで前世の記憶があるんです。信じますか。」


「勿論信じますよ。」


 カリーヌは『あ、こいつは信じてないな。』とは思ったが話を続けた。


「転生した時に神様が私をきれいにしてくれたの。だから私綺麗なの。」


「あ、そうですね。本当、お綺麗ですね。」


 やっぱりこいつ信じてなかったなと確信した。やはり、転生者じゃないと理解できないな。世界の宗教色が強すぎる。宗教で奇跡は起こるとは思ってはいるが実際に起こるとは思ってもいないのだろう。神の存在も信じてはいるが、それは物語の中の存在で実際に居るとは思いもしないのかもしれない。私は実際に神に会っているからこそ、そう思えるのかも知れないとカリーヌは考えていた。

 そしてカリーヌの予想通り、セリアは『何言ってんだ、それって宗教的に、起こったことは神のお陰だと言っているだけだろ。ほんと、何自慢してんだろ。』とカリーヌの話を信じてはいなかったが、素直に相槌を打った。


「だから、神様が私達を治せる能力を与えた人がいたのかも知れません。」


「そうですね。神による奇跡でそんな力を持つ人がいるかも知れませんね。それではこの辺りで失礼します。」


 カリーヌは転生者だから、転生時に能力を与えられた人がいる可能性について言及したのだが、言い方が悪かったようで、あたかも神を信じる信者がありもしない神の奇跡を話したようにしか聞こえなかった。その為、セリアには自慢話をした事しかあまり記憶に残っていなかった。


 セリアはカリーヌの次にマルガリータに会いに行った。

 マルガリータも裁判所の個室に一人で帰る準備をしていた。


「マルガリータさん。良かったですね。無罪になって。」


「はい、これも公爵の娘であるセリア様のお陰です・・って未だ他人の振り?セリア。」


「もう止めるわ。あなたが衛兵殺したんでしょ。カリーヌを治療したのもあなた?」


「そう、私だよ。あいつらは、単に頭に来たという理由で私を殺そうとして、それを隠す為にカリーヌ迄殺そうとしたんだよ。先日は衛兵が監視してたから言えなかったけど。カリーヌを治療したのも私。カリーヌは心臓引き裂かれてもう少し遅ければ脳まで死んで完全にお陀仏だったよ。でも、よかったよ。公爵まで来て下さってて助かったよ。」


「衛兵は殺されて当然ね。エライザ。」


「あんまりエライザって呼ばないで。昔を思い出すから。」


「公爵を連れてきたのは計画?」


「そう、計画よ。だって、結局はあなたが衛兵を殺した犯人なんだから衛兵を殺した大男が出て来ることはないし、正当防衛の話になれば、正当防衛を認めさせるためにも、公平に裁判させるために父の力が必要になる可能性があると思って娘の仕事見学という理由を付けて来てもらったの。」


「もしかして?公爵も事情知ってる?」


「知ってるよ。父も転生者よ。」




 ここは、遥か極東の国、天文14年文月(七月)、西暦で言うと1545年8月の日本。もう夏も終わろうとしていたが、未だに強烈な陽射しが降り注ぐ尾張であった。帰蝶は暫く留学と称して外国旅行へ行くと大喜びしている。エリカも明の日本侵攻以来那古野城で暮らしているが、帰蝶と共に心ここに有らずで二人でハイテンションな毎日を過ごしていた。そんな折、平手政秀は吉法師の部屋を訪ねた。


「若、いらっしゃいますか。」


「おう、爺か?いるぞ。」


 爺と呼ばれた平手政秀は吉法師の教育係である傅役ではあるものの、吉法師に何かを教育したことはほとんどなかった。勿論、政秀が怠けていたのではなく吉法師が聞かなかっただけだが。

 政秀は、吉法師の部屋のふすまを開けエアコンの効いた吉法師と三好政勝いる涼しい部屋へと入って行った。


「若、この部屋はいつも快適で、過ごしやすくて良いですな。ところで、もう直ぐ元服ですが、もう名前は決めましたか。」


 吉法師は我儘を言って通常より早く十一歳で元服することにしていた。誰も文句を言わなかった、というより言わせなかった、帰蝶が。


「あー、もう決めてあるぞ。名前は信長だ。父から一字『信』という字を貰って信長にした。」これは後で考えただけである。


「なるほど。では『長』は何処から?」


「考えてなかった。」


「名前は沢彦たくげんから聞いたのでしょ。」


「沢彦が?」


「はい。沢彦が中国の半切はんせつで決めたらしいですぞ。」


「そうなのか?なんだ?その半切と言うのは?」


「なんでも、上の字の子音と下の字の母音を合わせて一音を構成するそうです。その合わせて出来た一音の字が、縁起が良くなるように名前を考えるそうですな。」


「良く分からんな。」


「そうですな。難しいですな。信長の信(しん)の『し』と長(ちょう)の『おう』を合わせて『そう』つまり桑になるそうです。殿様が蚕の餌のどこが縁起が良いんだと問うと分解すると四十八になり縁起が良いと言われ納得したらしいですな。」


「兎に角、良い名前だという事だな。来週、帰蝶が外国へ行く前に儀式を済ませるぞ。」


「承知致しました。では、これから手筈を整えます。」


 そう言って、政秀は吉法師の部屋を後にし、何処へともなく消えて行った。


 吉法師は自分の元服記念に何か欲しいなと考えた。他からは大したものは貰えないだろう。だったら自分で何か作ろうかなと考えるが、やはり実用的な剣だろうという事に思い至った。


「なぁ、政勝。元服記念に剣を作ろうと思うんだ。どんなのが良いと思う?」


「剣?エクスカリバーでも作るのか?」


「あぁ、ごっつい剣を作ろうかなと思ってるんだ。」


「でも、日本で戦うなら、重さが重さだけに、速度が遅くなって刀に負けるんじゃないのか。」


「そうか、ちょっと聞いてみよう。おい、千奈、聞いてるか、日本刀と西洋の剣の重さってどれくらいだ。」


『普通の日本刀が1.5キロ位で、西洋の剣が軽いものだと1.5キロ位から4、5キロあるものまであります。西洋剣では日本刀と同じ速度で剣を振る膂力があって初めて日本刀と対等に渡り合えます。しかも、切れ味は日本刀が段違いに上ですので、それでもなお日本刀が有利と言わざるを得ません。もし、刀と剣がぶつかり合えば重い剣が勝つと思いますが、ぶつかる前に相手に刀が届けばぶつかる事無く勝負が決するので刀が有利になるでしょう。』


「そうか、ならば日本刀を作ろう。」


「備前長船にでも作らせるか。」


「千奈に任せよう。千奈どんな刀が強いと思う。」


『材料はヒヒイロカネを鍛造で圧力を加える事で、金属内部の空隙をつぶし、結晶を微細化し、結晶の方向を整えて強度を高め日本刀を形作ります。日本刀の構造は心鉄の下に刃鋼がありそれらを皮鋼で挟み込む構造になっています。これは折返し三枚と言われています。他に上部に棟鋼を下に刃鋼で心鉄を挟み、それらを皮鋼で横から挟み込む構造になっている四方詰めという構造やほかにも数種類存在します。』


「色々あるんだな。どれが一番強いんだ?」


『目的に鑑みればどれも相応しくないかもしれません。ヒヒイロカネは一定の鉱物を一定の製法で製造したものです。だとすれば、少しでも材料と製法を変えれば最早ヒヒイロカネではなくヒヒイロカネの効果が失われてしまいます。ですので、全て、ヒヒイロカネで作った方がヒヒイロカネとしての効果を発揮できます。ヒヒイロカネの効果としては魔力を溜める事が出来ますし、魔力を流して、硬度を上げれば鉄でも切れるようになりますし、刃毀はこぼれもほぼないでしょう。』


「なるほど。では、ヒヒイロカネ100%で日本刀を作ってくれ。」


『はい。既に製造してます。』


「本当か?」


『はい、この会話は想定済みでしたので既に10本の刀を製造してます。勿論刀身だけです。但し、日本刀は材料と製法が決められているので、これらはただの刀であって日本刀ではありません。しかし、日本刀は材料と製法を決めた時点で日本刀の限界を設定したと言えます。その点において、この刀は超日本刀、スーパージャーパニーズソードと言えるかもしれません。』


「すぐ使えるのか?」


『いいえ、柄、鞘、鍔がありませんので伝統的な日本刀のように仕上げるのであれば技師に依頼して下さい。もし宜しければ更に軽量で堅牢な金属でそれらの部分を作成します。どうなさいますか。』


「伝統的でなくても良い。作ってくれ。あ、でも、伝統的なのも欲しいな数本くれ。こっちで依頼する。」


『承知致しました。では帰蝶様に届けて頂きます。』


「帰蝶はそこにいるのか。何処にもいないと思ったら。」


『はい。韓国のドラマを見ていらっしゃいます。』


「すぐ持ってこいと言ってくれ。」


『承知致しました。』


 数分後、帰蝶がヒヒイロカネで出来た刀身三ふりを持って現れた。


「もう、何よ、折角良い所だったのに我儘ね。」


「どっちが我儘だ。ところで、沢彦たくげんが信長という名前を考えたと爺が言ってきたんだが、俺の記憶では信長という名前は『いつの日か天下を取るに至る、めでたい名前』だと言っていたと思ったんだけど、爺は天下を取るに至るとか言ってなかったんだよな。」


「あのね。その話が出た当時、織田家は尾張一国の主でさえなかったのよ。そして子供はうつけと言われていたの。その子供が天下を取るに至るなんて思いもしないだろうし、結局は江戸時代の人が考えた後付けよ。もし、天下を取る名前だと知っていたとしても沢彦はそんな事ある訳ないだろと鼻で笑いながら信秀におべっかで半分笑いながら『天下を取るに至りまするぅ・・っぷぷぷ。』って笑いをこらえながら言ったのよ。」


「沢彦め、打ち首にしてやる。」


「ちょっと、それは元いた世界の沢彦の話よ。こっちの沢元は当然天下を取る、かもしれないって思ってるわよ。」


「そうか、そうだな。許して遣わす。」


「本人に言ってないんだから遣わされてもねぇー。それじゃ、私はドラマの続きを見に帰ろ。あ、豚カツ持って帰らないと。退散退散太田胃散。」


「太田胃散って、お前いくつだよ。それに、帰ろって、帰蝶、お前の家はここだろ!」


 那古野城は吉法師の元服の日を前に平和な日が続いていた。















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