第85話 裁判

 中世ヨーロッパの裁判は、特に公訴は恣意的であり、原告である国にとって有利に運ぶ。そして控訴・上告を許さない一審制で再審など言葉さえない。

 ローマ法においては、私法には、身分法、財産法、民法及び刑法が含まれ、公法はローマ国家の利益を保護するものであり、反逆罪は公法によって裁かれることになる。


 牢獄の中でカリーヌとマルガリータは裁判の日を迎えた。唯一の希望はこの国の王である公爵が自分の父の寄親であり、そして、二人の弁護人はその公爵の娘である事だ。権力的に言えば勝ったも同然だ。


 しかし、反対勢力が足を上げるとそれを取らずにはいられないのが政治だ。


 勿論公爵にとっても反対勢力は存在しており公爵と言えど神聖ローマ帝国にとって不都合であればその地位を追われることになってしまう。

 公爵の反対勢力はその材料を常に虎視眈々と探していた。そして今回、見つけたのが公爵の寄子サボイ男爵の娘の失態だ。彼らはその事実を最大限利用しようとしていた。もはや単なる裁判ではなく政治的な手段と化していた。


 裁判は人定質問が終わり、起訴状が読まれていた。


「こうして、この被告両名は、窃盗罪を犯し逮捕され連行されている途中で衛兵三名の殺害にいたったものです。この罪は神聖ローマ帝国におけるローマ法39条国家反逆罪に該当します。」検察官は起訴状を朗読し終えると、二人の顔を笑みを浮かべ見つめた。

 どうやら検察官は公爵の反勢力側なのだろう。


 裁判長は、二人に目をやり、やおら話し始めた。


「二人は貴族の娘と言えど、国家反逆罪という重罪を犯している。黙秘権など当然ない。まず共同被告人二人の犯した窃盗罪について被告人は罪を犯したことを認めるか。」


「いいえ、認めません。」弁護人が答えた


「では、その後連行されるときに犯した殺人について、この殺人は国家反逆罪にも該当する。この罪については認めるか。」


「いえ、認めません。」


「そうか。認めれば良かったものを。」裁判長が小声でつぶやいた。この裁判長も反公爵側のようだ。


「それではこのまま証人尋問・被告人質問を行います。まずは窃盗罪について、検察側の証拠である証人は呼んでますか。」別の裁判官が進行し始めた。


「はい、目撃証人のタカビー伯爵家の侍女ブノワトさん前へ。」


「はい。」


「あなたが目撃した事実を話して下さい。」


「朝、早めに8時の鐘が鳴る頃に教室へ来ました。すると、カリーヌ・ド・サボイがオドレイ・ド・タカビー様の財布を盗んでいました。」


「検察官。他に証拠はあるのか。」


「伯爵家の侍女が目撃したのです。伯爵家の侍女が嘘を付くはずがありません。」


「そうだな。まさにその通りだ。伯爵家の人間が嘘を付くはずがないな。」


 何がその通りか分からない、屁理屈を裁判長が納得してしまった。


「では、弁護人、反対尋問があれば、お好きにどうぞ。無いですか、では終わりです。」裁判官は反対尋問をされたくないようだ。


「は?い、いえ。あります。有りますよ。突然終わらせないでください。」


「( ̄ ̄ ̄ ̄□ ̄ ̄ ̄ ̄)チッ。早く言いえ。」裁判長は被告を有罪にしたい気持ちを隠しもしない。


「検察側証人のブノワトさん。8時の鐘が鳴る頃に目撃したとの事ですが、何か証明するものは有りますか。」セリアがブノワトを問いただす。


 すると、ブノワトではなく裁判長が話し始めた。


「何を言っているんだ!伯爵家の人間が証言していることが真実である証拠だ。それ以上何が必要だ。不要な事を質問するな。」


 裁判長はまるで反対尋問をさせない様に質問自体を否定してくる。


「目撃したと言っているのはカリーヌだけですよね。」


「はい。」


「では、あなたの主張ではカリーヌだけが犯人だという事ですね。」


「いいえ。」


「どうしてでしょうか。カリーヌが盗むところは見てもいないのでしょう?」


「はい、ですが、その後にマルガリータが朝一緒に朝食を食べていたと言ってました。私は盗むところを見たのに、マルガリータは嘘を付いたんです。つまり共犯です。」


「はぁー、あのね。嘘を付いて犯人を匿ったら犯人隠避であって共犯ではないですよ。カリーヌと同じようにマルガリータも裁かれているという事は幇助犯ではなく共同正犯として裁かれているんですよね。共謀共同正犯である場合共謀の事実と共同実行の事実が必要ですよね。無い場合は共犯ではなく幇助犯か隠避罪ではないですか。そして、幇助した事実も証拠も無い訳ですから隠避罪ですよね。そして家族の隠避は無罪ですよね。」


「弁護人、既に反対尋問ではなくなってるぞ‼」裁判長は、怒鳴る事で無罪との主張を聞かなかったことにした。


「それでは、弁護側証人前へ出てください。」


「はい。」


 証人の二人が前へ出てきた。


「では、証人は宣誓して下さい。」裁判官が宣誓を要求して来た。


「裁判長、先ほど検察側の証人は宣誓してませんが、こちらも宣誓不要で良いのではないでしょうか。」弁護人はこのおかしな対応を疑問に思わざるを得ない。


「いえ、宣誓はローマ法で決められている事です。偽証罪の危険を科せられることで証言の真実性を担保するものです。宣誓は絶対に必要な行為です。」


「し、しかし、検察側証人は宣誓してませんが。」


「検察側証人は貴族の使用人であり不要だ。」裁判長が偉そうに言う。


「はい?被告は貴族の娘ですよ?」セリアは裁判長に詰め寄った。


「貴族の娘とは言え被告人だ。その証人なんだから信用ならんから必要だろう。そんなことも分からんのか。公爵の娘は。これだから公爵は。」


「それは、公爵に対する侮辱罪ではないですか。」


「は?お前は表現の自由も知らんのか。表現の自由とはな貴族は何を言っても罰せられないという事だ。」


「相手はこの公国の公爵ですよ。この国の主です。あなたの上司ですよ。」


「ここにいないんだから、何を言っても良いんだ、そんな事も知らんのか。」


 弁護人のセリアは、こいつには何を言っても無駄だと考え始めた。


 二人は宣誓し証人尋問が始まった。


 まず主尋問をセリアが始めた。


「被告二人は午前8時の鐘が鳴る頃は自宅でアルフレッド・ド・サボイ男爵と妻と妹のパンナコッタ・ド・サボイの二人とともに朝食を食べてたとの証言ですが、間違いないでしょうか。」


「はい、間違いありません。」二人は証言した。


「検察側、反対尋問をお願いします。」


「では、私が反対尋問を行います。しかしその前にあなた方二人は一緒にご飯を食べたと証言してますが、親は娘の為に姉妹は姉妹の為に嘘を付くのが普通ですよね。つまり証言に信憑性がありません。それは証拠にはなりません。ですので反対尋問は必要もないですね。」


「裁判長、発言良いでしょうか。ですが検察間の発言で身内の証言が証拠にならないのなら、身内の犯人隠避は犯人隠避罪にならず、マルガリータは無実のはずで、共犯でもないと思います。どうして共犯なのでしょうか。」


「犯人であるカリーヌを嘘の証言で匿おうとした。だから共犯だ。」


「だからそれは隠避ではないでしょうか。」


「いいや、共犯だ。共犯だから犯人を匿った。だから共犯だ。」


 間違った場所を基準として判断したのだから、出てきた答えも間違っている。最早屁理屈だ。


「では次の反逆罪について弁護人、被告人質問を行ってください。」


「あなた方は捕縛され二人は逃げる為に三人の衛兵を殺害したという事ですが本当ですか。」


「いえ、殺害してません。そもそも、窃盗してませんし、マルガリータが痛いからロープを少し緩めてくれと言うと、何故か怒った衛兵がマルガリータの頭を槍で思いっきり叩いてマルガリータは倒れました。その後、少し話しましたが彼女は意識を失いました。すると、衛兵が娘を殺してしまったと、もう一人も殺さないと大変な事になる、殺しても伯爵の娘が味方になるから大丈夫だと言って私に後ろを向かせ背中から剣で私の胸を貫いたんです。その後、通りがかった人が私達を助けてくれたそうです。私達を殺そうとした兵を倒して私達を守り救ってくれたんです。」カリーヌは答えた


「なるほど、あなた方二人は殺していないと。別の誰かが殺してあなた方が二人の命を救ったと主張する訳ですね。」


「証拠はありますか。」


「いいえ、有りません。」


「衛兵は、心臓が止まっていたという事です。あなた方にそんな力はありますか。」


「ありません。そんな力がある人なんか居るとは思えません。」


「そうですね。ではマルガリータさんに質問します。あなたは衛兵を倒した人を見たという事ですがどんな人でした。」


「身長が190cm以上ありそうな大男で黒髪、黒目、黒い髭を生やして平民の格好で、茶色のズボン、茶色のシャツを着てました。」


「その人はどんな方法で衛兵を殺害したのですか。」


「分かりません。私が意識を取り戻した時には既に衛兵は倒れていました。」


「そうですか。分かりました。これで終わります。」


「では次に検察官、被告人質問を行ってください。」


 進行役の裁判官が進行する。


「被告人、あなた方二人は逃げようとして三人の衛兵を殺害した。間違いないですね。」


「いえ、殺害してません。先程言った通りです。」


「あなた方二人は、一人は頭を叩かれ、もう一人は体を剣で貫かれて死亡したのですよね。だったら、ここにいるあなた方二人は幽霊ですかな?フフフ・・」検察官が薄ら笑いを浮かべると裁判所内が薄ら笑いに包まれた。


「そんな訳は無いですよね。あなた方は生きている。だったらあなたの言った証言は嘘になる。偽証罪でも罰せられますよ。まぁ、国家反逆罪で処罰されるときは死刑でしょうから、いまさら刑罰の一つや二つ増えたところで変わりませんが。つまり、二人はうそつきであり、通りすがりの殺人者があなた方を救ったというのも嘘であり、だとすれば、あなた方が殺害した以外にない。以上です。」


「それでは、裁判長最後にどうぞ。」


「うむ。二人が殺害したのは明らかだな。」


「待ってください裁判長。二人が殺したことは直接証拠によっても間接証拠によっても証明されてません。あるのは状況証拠だけです。」


「こいつらは殺されたと主張するのに傷もない。しかも死んでいない。そんな嘘つきがやっていないと言っているんだ。だとすれば逆に殺害しているという事だ。」


「そんな無茶苦茶な。」


「お前は、公爵如きの娘の分際で、この裁判長を愚弄するのか?」


「お前は法廷侮辱罪、いや、裁判長侮辱罪で処罰してやる。」


「そんな法ありません。」別の裁判官が発言する。


「法は事実の後で作れば良いんだ。俺が法だ。」裁判長は無茶苦茶な事を言う。


「お前は法じゃなくて阿呆あほうだ。」法定の隅から大きな声が聞こえた。


「パパ。」弁護人が呟いた。


 そこにいたのは弁護人の父、シャルル・ド・サヴォイア、この国の公爵であった。


「これはいったい何事だ。娘が弁護するからと最初から見ていればあまりにも非論理的で、国の為の公法による国の為の裁判であるはずなのに、そうではなくお前の為の裁判になっているんじゃないのか、クレール裁判長。お前は貴族だからと偉そうにしているが、貴族が偉いのならもう少し俺を立てても良いんじゃないのか。お前の考えは貴族が偉いんじゃない。お前自身が偉いと思っているという事だ。お前はどれだけ選民思想に凝り固まっているんだ。お前はこの国の王である私を馬鹿にした罪と他に横領も発覚しているぞ、その罪で投獄、裁判長の任は解く。余生は牢獄で送るか、それとも領地でのんびり過ごすか選ばせてやる。まぁ、領地は減封だがな。」



「く・・くそっ・・」


「裁判は私が見ていたからこの国の王である私が判断してやる。窃盗罪に関してはどう考えても無罪だ。たった一人の証言を信用してその他4人の証言を無視している。それに加えて私の二女がカリーヌのクラスの証言をまとめたものがこれだ。これを証拠として提出する。8時前に来ていた数名の生徒もカリーヌは来ていなかったと証言した。それどころかブノワトさえ来ていなかったと証言した。だとすれば、嘘を付いているのはタカビー伯爵家の侍女ブノワトだ。お前は虚偽告訴罪と偽証罪で処罰する。それと反逆罪についてだが、動機も証拠もない。故に無罪だ。」


 法廷は歓声に包まれた。歓声だけではなく悲痛な叫びも混ざってはいたが。


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