第70話 編入試験

「ちょっと、あなた、カリーヌだっけ?私よりも年下でしょ私は15歳よ。あなた13歳でしょ。私の言う事は聞きなさいよ。ほら、私が作ったお昼ご飯食べなさい。我儘言わないの。食べたら遊びに行っていいから。ご飯は食べなさい。」


 カリーヌは後妻であるヘンリエッタの連れ子のマルガリータやパンナコッタに輪をかけて我儘であった。


「嫌よ。あなた達がこの家から出て行ったら食べるわ。」


「あのね。あなたのパパと私のママは結婚したの。当然一緒に住むし、これから一緒の学校に通うんだから仲良くしないといけないでしょ。」


 カリーヌは期待した。シンデレラのように虐めてくれることを。そして悲劇のヒロインになる事を。そうすればサヴォイア公爵の長男が助けてくれるかもしれない。上手く行けばシンデレラの様にこの国の王妃になれるかもしれないと考えていた。

 そう、彼女は転生者であった。ちょっとミュンヒハウゼン症候群の毛のある転生者だ。しかし、継母が連れてきた娘二人は最初は挨拶もしなかったものの、掃除も料理もしてくれる。カリーヌの方が我儘言っている。これじゃマルガリータとパンナコッタがシンデレラみたいだ。そう思いカリーヌは反抗を諦めた。


「分かった。食べる。ありがとう。」


「いえいえ、どういたしまして。」


 彼女は吉法師と同じ交差点にいた。そして神の運転する車に跳ねられ死亡した。前世ではあまりにも周りに構ってもらえず今生でその思いが爆発しミュンヒハウゼンの症状が出たようだ。

 彼女が構ってもらえなかった理由、それは彼女の外観にあった。それを悲観し

 て内向的になったりはしなかったが、周りがそれを許さなかった。周りが構わなかった。構う時は苛める時だけだった。学生時代はずっと無視され続けた。そして、18歳で殺された。その反動が今生での構って構って症候群になり、そして、シンデレラ症候群も加わっていった。

 彼女は今日もなお、外からくる何かが自分の人生を変えてくれるのを待ち続けている。

 彼女はこの世界に来る時に神にお願いした。元の世界とは全く違う綺麗な顔とモデルのようなスタイルが欲しい。中身はどうでもいい。外国人の様にスタイルが良くてきれいな顔で誰もがうらやむ、誰からもちやほやされる、そんな見かけが欲しい、そう神にお願いした。


 だから、彼女はヨーロッパで生まれた。綺麗な金髪で大きな目と高い鼻のある顔とモデルのような高身長のスタイルの良い体型を手に入れた。ただ、性格は前世の記憶がある為に、ひねくれていて暗く妬みや嫉みに溢れた最悪の性格の侭であった。


 彼女は小さいころから前世の記憶がある為に、賢いと思われていた。いや、賢いというより、その性格からさかしらだと思われていた。そして、その顔の綺麗さが神々しく近寄り難い雰囲気を醸し出し、その性格とも相まって彼女は相も変わらず一人であり、友達もいなかった。だから、初めてできた姉は初めてできた友達のようであり、本当に好ましく思えた。


「ねぇ、カリーヌ、今日から学校へ行くんだけど魔法の試験があるって聞いたけど難しい?」試験を受けるマルガリータが不安げな顔で問い掛ける。


「普通に魔法が使えれば通る試験だよ。その成績でクラスが分かれるよ。」


「普通ってどれくらい?」


「実用性があるくらいかな。火を燃やすことが出来るとか、水を飲めるくらいに出すことが出来るとか、痺れるくらいの雷を出せるとか。それでAクラスにはなれるよ。」


「何だ、簡単だね。」


「特待生のSクラスならもっと難しくなるけど、Aクラスでも魔法を学校が伸ばしてくれるよ。」


「有難うカリーヌ。あなたは綺麗だし、性格もいいよね。」マルガリータはカリーヌと仲良くなるためにほんの少しのお世辞を入れて褒める。


「私は性格がひねくれてて人に嫉妬するから友達もいないの。」


「それは、多分、自分に自信がない事が原因だよね。自分に自信を持てばそれだけ綺麗で貴族の家柄なんだから、他人の幸せや優れている点を羨ましく思う必要も無いし、友達もたくさんできるよ。」


「有難う、自信を持ってみるよ。」


 カリーヌは今まで面と向かって人に綺麗だと言われた事はなかった。他人は陰では綺麗だと思っているみたいだが、それよりも性格が悪い事だけを噂する。だから、初めて面と向かって綺麗だと言われたことが嬉しくてたまらなかった。


 カリーヌは自信をもって学校へ行く。いつもと同じ学校、いつもの様に登校する、いつもと違うのは自信がある事。自信をもってクラスへ入って行った。

 教室へ入ると足がすくんだ、全ての自信を打ち砕くように、そこにはいつもの日常が存在していた。彼女を否定する日常が存在していた。彼女はいつものように席に着いた。いつもの様に声を掛ける者は無かった。そして、いつもの日常が過ぎて行った。


 一方別の教室では、編入してきたマルガリータとパンナコッタの魔法の実力を見る試験が行われていた。その実力によってどのクラスに編入するのかが決まる。試験官は魔法のアルベリク先生が行う。


「では、マルガリータ・ド・サボナさん、パンナコッタ・ド・サボナさん、まず私が見本を見せるから同じように魔法を使ってみて下さい。」


 アルベリク先生は呪文を唱えると目の前の木の板に火を付けた。火はくすぶりながら木の板の端を燃やしている。


「こんな風に魔法で火を付けてください。ここまでできればAクラスです。これ以上ならSクラスも可能です。Sクラスなら授業料免除になります。」アルベリクは魔法の能力によってクラスが分かれる事、そしてSクラスになれば特典があることなどを説明した。


 マルガリータは集中した。ここで上手く魔法を使えたらSクラスで授業料免除か。それは美味しいな。等と余計な事を考えつつ目の前に木の板を燃やした。木の板はアルベリク先生より良く燃え上がり板の全面に火が付いた。


「ほう。凄いです。私より魔力が強そうですね。では次にその魔法が攻撃魔法として使えるかどうかを見てみます。攻撃魔法が使える人はそれほどは居ません。伝説ではこの国をローマ帝国から頂いた初代のサヴォイア侯爵は攻撃魔法で離れた人を殺すことが出来たという話です。因みに初代は未だ公爵ではなく侯爵でした。私達の学校は常に魔法を攻撃に使う事を目指して研究・訓練しています。さあ、まずはここから10m離れた的を火の魔法で攻撃してみて下さい。


 マルガリータは自信があった。今度はもっと力を込めて魔法を的へ向けて放った。

 マルガリータから放たれた火はのろのろと的へ向けて進むが的の1m程手前で消えてしまった。


「惜しい!惜しいです。ですが素晴らしいです。後1m届けばほぼ攻撃魔法と言えます。此の侭訓練すれば攻撃魔法が使える様になるでしょう。あなたはSクラスです。」


 見学していた他の教師も口々に凄い、これで未だ入学前か、将来が楽しみだと噂していた。


 次に妹のパンナコッタが板を前に魔法の呪文を唱えた。

パンナコッタは集中し板に魔力を放った。

すると板はくすぶり煙は出たものの火までは着かなかった。


「パンナコッタさんは、Bクラスですね。」


 その日の夜、カリーヌは試験の結果をマルガリータとパンナコッタに聞いてみた。


「どうだった、試験。」


「なんとかSクラスになれたわ。これで、あなたのパパに授業料の負担を掛けないで済むから良かったわ。安心した。」


「凄い!じゃ、板に火を付けて、その後で火を的まで飛ばしたの?」


「でも、的までは届かなかったけどね。」


「でも、凄いよ才能があるよ。」カリーヌは笑顔で心から喜んでいるようだ。


「カリーヌはどうだったの?」


「いつもと変わらなかった。自信が持てなかった。朝はあったと思ったんだけど、学校行ったら消えてた。」


「そうか。簡単には行かないわ。気楽に。」


「パンナコッタはどうだったの?」


「私は魔法の才能無いから。Bクラスだったよ。」パンナコッタはあまり落ち込んでない様子であっけらかんと答えた。


「私はAクラスだからみんな別々だね。」


カリーヌはほんの少し寂しそうに微笑んだ。



 一方、遥か東の国、明。その首都北京の紫禁城では、皇帝厚熜こうそうが御花園と呼ばれている建物で沢山の愛人を侍らせ宰相厳嵩げんすうの話を聞いていた。


「陛下、準備は整いました。兵は北京の郊外に集結させています。総勢10万人で攻め込みます。」


「良きに計らえ。簡単な仕事だ。結果だけを楽しみに待ってるぞ。特に琉球王国が欲しい。九州の北端から攻め込むのではなく、まずは琉球から落とせ。その後は任せる。落とした後で余は沖縄でバカンスだ。」


「御意。(おきなわ?ばかんす?偶に言っている意味が分からん。)」厳嵩げんすうは首をかしげながら御花園を後にするのであった。


 こうして、西暦1545年水無月、明の10万にものぼる大群による日本への大侵攻が始まった。そう、季節は水無月、奇しくも台風シーズンであった。

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