第26話 監禁
既に牢屋に監禁されて数日が経つ。食事は日に一回粗末な湯漬けが出されるだけだ。尾張の空が晴れているだとか曇っているだとか暑いだとか寒いだとか一切の外部の情報が入ってこない。ここにいる兵士はどこか虚ろで自意識が欠落し、まるで操られた人形の様だ。信長の能力は分からないが人心掌握を魔法でやっているのかも知れないと吉法師は考えている。
そう言えばここへ連れて来られる時の信秀と帰蝶の目が虚ろだった事を思い出す。何も話す事も無くあの気が強い帰蝶が文句ひとつ言わず、ただ吉法師が連れて行かれるのを眺めていた事を思い出す。ただ帰蝶のことが心配だった。意思を無くし信長の操るままに動かされることを心配していた。酷い事をされていないかと心配した。
思えば、神経質そうで自分に甘く他人に厳しい、自分の不幸を許さず、他人の幸福を許さず、自分の欲しいものが自分にない事を許さず、それを他人が持つことを許さない、そんな利己主義の塊のような奴に見えた。やつこそまさに信長だな。やはり信長は末森城にいたのか。そうか、信長は転生者だったのか、気付いていれば何らかの対策が立てられた、奴は対策を立てさせない為に転生者だという痕跡を一切隠していたのだろう。気付くのが遅すぎた。そう吉法師は考えていた。
どうにかして逃げなければ、帰蝶を助け出さなければ、焦りだけが表出する。首輪はなぜか外せない。手が首輪へと動かない。一種の暗示か催眠術の様なものだろうか。首輪自体が魔法でロックされているのではなさそうだ。だとすれば、俺以外の者なら外せるはずだ。
「おい、衛兵。この首輪を外してくれ。」
衛兵はまるで耳が聞こえないかのように一切反応しない。聞こえて無視している風ではない。やはり、強い暗示か催眠術か魔法で意思を操っている様だ。もし政秀が助けに来たとしても、何か解らない能力で一蹴されてしまうだろう。
最悪だな。相手の能力が分からないから対策が立てられない。
仕様がない。
「寝るぞ。」
誰に言うでもなく、そう言って吉法師は寝てしまった。
一方、帰蝶は抗っていた。突然体が動かなくなった。体の支配が乗っ取られた感覚だ。信秀や他の者は欠如した意思の下で行動していた。多分信行に操られている。そう帰蝶は考えていた。
考えることは出来る。信行は魔道具を作る能力があると言った。しかし相手を支配する能力、これこそが神に与えられたあいつの本当の能力なのだろう。言葉を発する事も出来ない。魔法さえ使えない。しかし、あいつが何らかの会話を要求した時にはあいつの魔法は解けるか緩められるだろう。幸いな事に信行は私が神に殺された十数人のうちの一人だとは知らない。それがクモの糸になるかもしれない。待ってて、ダーリン。帰蝶はそう意思を固め機会を待っていた。
帰蝶の下へ信行がやって来た。信行はにやけた顔を隠しもせず帰蝶を眺めまわしている。
「おい、帰蝶。俺は信長だ。お前は信長の妻だ。つまり、俺の妻だという事だ。どうだ嬉しいか。」
「いえ。」
突然声が出せるようになった。しかし、魔法は使えなかった。完全に信行に行動の自由を制限されているようだ。
「私は吉法師様の妻です。信長という人は知りません。」
「あのな、歴史では信長の妻が帰蝶なんだ。歴史ではそうなっている。歴史には逆らえないぞ。」
「歴史って何で御座いましょうか。私にはあまり知識が無い故分かりかねます。」
「そうだな、この時代の人間はバカばっかりだな。ま、だからこそ支配しやすいんだがな。」
「話せますが、体が動きません。信長様が妖術で体の自由を奪ってるのでしょうか。」
「そうだ。俺の力だ。」
「厠へ行きたいのですが、妖術を解いて頂けないでしょうか。」
「いや、未だ解くことは出来ないな。でも大丈夫だ。俺が命じれば体は命じたように動く。」
こいつは前世でも意志を持つ女性を相手にした事はなく、意志を持たない人形を相手にしてたのではないかと思ってしまう帰蝶であった。
帰蝶の体は勝手に厠へと歩き始めた。勝手に体が動き用を足してまた元いた部屋へと戻って来た。屈辱だ。屈辱以外の何物でもない。許さない。絶対に・・・
「どうだ、すっきりしたか。良かったな。」
信行はにやけた顔が止まらない、いや、止めもしないで帰蝶を見ている。帰蝶は何とか魔法が使えるだけの拘束を解かせる方法を考え続けながら見つめ返さざるを得なかった。
その後、数日が経過したが信行は何をするでもなくたまにのぞきに来ては喋れるだけの拘束を緩め会話を交わしては帰っていく日が続いた。帰蝶の事が好きだというよりも単に史実を信長としてなぞりたいのだろうと思える。
もう既に十日経過しようとしていた。
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