第18話 ステップアップ

「せめてこの状態が欲しいわよね」

「……これを自宅に設置している事が異常だ」


 多駆郎は休みを承諾してもらっていた。

 しかし、休むと人は色々な事が頭をよぎる。

 楽しかった事、閃き、最近会わなくなった人の事、忘れかけていた気に入らない事……。

 休日の二日目。

 イライラしていた案件を思い出し、研究所に依頼をしていた。

 その依頼により自宅では工事が始まる。

 結局休暇の間、自宅でゆっくりするなどはしなかった。


「私が休みを申請した意味を無くしちゃうしね」

「それは……ごめん」

「あなたがジッとしていられるわけは無いと思っていたから」


 浜砂が多駆郎の頭を撫でることが当たり前になっていた。

 開発者に助手という二人の関係。

 そう捉える事は少々困難だと思われる。

 それ程に馴染んでいた。


「ただジッとするぐらいなら、その時間で何かをしたいんだ」

「分かっているってば」


 開発関連機器のあるスペース。

 このエリアがパーテーションによって独立した。


「やっぱりこれはやり過ぎだよな。研究所へ行くようにすればいいだけだった」

「設置してから言わないでよ。誰もがそう思っていたわ」

「……。」


 多駆郎は絶句。

 自業自得を実感したのかも知れない。

 研究所に行くと、父親の事を思い出す。

 一人で作業をしたくても、助手を強制的に付けられる。

 そんな状況が耐えられなくて自宅作業にした。

 ところが、求められる事と自身のやりたいことは日々変化する。

 結果、現状のようになったのだ。

 自宅作業の継続か、作業は研究所にするのか。

 この分岐点に立ち、選択を誤ったとみえる。


「こうなった以上、やるしかない」

「そうよ。閃いた案もあるんでしょ? 手伝うから、開発頑張りましょう」

「いや、研究所の仕事は頑張らないと決めているんだ。絶対に頑張ってやらない」

「あらら。でもスポンサーなのよね」

「悔しいけど、今の自分は金銭面で白旗を上げるしか手が無い」


 その思いを幼少期から感じている多駆郎。

 敵のように感じているのは父親とお金だ。

 この二つを使わなければ、多駆郎自身が成立しないとまで感じている。

 そんなことを眠っている早貴を前に呟いていた程だ。


「休みをもらったのは正解だったのかな。何も浮かばなかったのに案を思いついたんだから」

「本当に良かったわ。壁が越えられなかったものね。私も力が足りなくてごめんなさい」

「そんなことはないよ。やっていることを理解してくれる人と話が出来るのはありがたい」

「それじゃあ、所の提案は正解だったわけね」

「悔しいけどそういうことになるね」


 自宅での作業を継続。

 改めて浜砂を助手として認めた。


「なんだか再スタートを切るような感じだ」

「いいんじゃない? その感じ」

「これからも手を貸してください」

「何よ、改まって。そのために助手やっているんだから遠慮なく。私は楽しみよ」


 これまでなら意欲を感じる発言をしなかった多駆郎。

 今回の変化は多駆郎自身の成長となったのかも知れない。

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