第9話 トライアングル幼馴染

 早貴の携帯が鳴っている。

 手を握り合ったまま床で寝てしまった二人。

 話疲れたのだろうか。

 どちらも、安心しきった表情で夢の中にいる。

 その夢の中へ電子音が入り込む。

 悪気は無いはずだが、横やりとして。


「電話? 夜中だよね」

「まだ一時みたい」

「でもさ、普通一時に電話を掛ける?」

「今掛かっているじゃない。出ないと眠れないよ」


 渋々持ち主はコールを止めに起き上がる。


『久しぶり。ごめんね、こんな時間に』


 早貴の耳に何の抵抗もなく入ってくる声。

 表情は曇らない。

 嫌な気持ちになる相手ではないということだ。


「何かあった? いつでもいいけど、この時間だと重要な速報しか許されないよ?」


 いつでもいいと言いつつ、許さないらしい。

 千代との時間を崩されたことと眠気のあること。

 非常にハードルが高そうだ。


『……ごめん。明日にするよ』

「こう、なんかさ、もうちょっとないの?」

『許される条件に当てはまらない内容だから』


 鼻息を強く出し、片手の甲を腰にやる。


「起こしたんだからいいなさいよ。何も無いんじゃ起き損よ」

『もう寝てたのか。それは本当に悪かった』

「いいから。他の人とは違うから聞いてあげる。怒らないから言ってみて」


 寝たまま早貴の様子を伺っている千代。

 相手が誰かは想像できているようだ。

 心配そうな顔はしていない。

 ただ、早貴が聞きたがっていることを千代も気になるのだろう。

 早貴から目は離さない。


『うん。まず、長い事連絡しなくてごめん』

「それは忙しいと思うし、アタシが分からないことだらけだろうから何とも思っていないよ。ただ、心配は凄くしていたのよ」

『その心配をさせていたことが申し訳なくてこんな時間だけど掛けたんだ』

「……いいよ、大丈夫。タクらしいし、それは慣れているから」


 早貴の口から聞いたことのある呼び名が発せられた。

 それを聞いて千代は納得したようだ。

 起き上がり、ミニテーブルの紅茶に手を出す。


「もっと早くアタシから連絡すれば良かったのよね。邪魔しちゃうと思って遅くなったの」

『ありがとう。早貴ちゃんからはいつでも掛けていいよ。一番心配させている人だし』

「それで、あれから何かあったの?」

『自分の周りでは開発が上手くいかない事が問題なぐらいで、妨害とかそういうのは一切無いよ』


 肩を軽く落とし、安心したという動きを見せる早貴。


「それなら良かった。無事ならいいのよ」

『それでオレもどうなっているのか研究所に聞いてみたんだけど、何も掴めていないらしいんだ』

「あらら。小さなことでも何か分かっているのかと思っていたのに。残念」

『オレも。朗報を言えたら良かったんだけどさ』

「それじゃあ、他に何か話があるの?」

『いや、これで全部』

「あはは。そうなのね。まったく、タクらし過ぎて目が覚めちゃうじゃない」


 ケラケラと笑い出した早貴を見ない千代。

 代わりに横に伸ばした自分の腕の先にある指先を見つめていた。


『連絡いっぱいしてくれていたし、オレもしなきゃとずっと思っていたから』

「はいはい。気持ちは伝わったから。……寂しくなった?」

『……なんだか、最近つまらないなあって思うんだ』

「それを寂しいって言うんだよ。そっちへは行っちゃだめなの?」

『研究所の人に見回りを頼めたら大丈夫かもしれない』

「凄いことになっちゃいそうね。もう少し我慢しますか」

『残念だけどもう少しだけ。でも大丈夫だったらすぐ連絡するから』

「うん。こうやって電話すれば済むことだからさ、掛けられる時に掛けて」


 久しぶりに話すもう一人の幼馴染。

 自然に話が弾んでしまう。

 暗い部屋の中で早貴の頬を照らしていたバックライトが消える。

 話し声が止んで、暗闇と静寂の空間に戻される。


「早貴、あたしのこと好き?」

「好きだよ~、何、嫉妬したの?」

「うん」

「正直でよろしい。タクは許してあげて。アタシを随分助けてくれた人だからさ」

「分かっている。でもさ、楽しそうにしていたら、ね」


 早貴も座るなり紅茶を飲み始める。


「千代から離れないし、好きだからね。安心して」

「ちゃんとそうやって言ってくれるの、助かる」


 互いに笑みを見せ合う。

 薄暗い部屋でもすぐ傍に座っているのならはっきりと分かる。

 敢えて灯りは点けずに夜中のティータイム。

 普段とは違うそんな空間に浸りつつ、夜を楽しむ二人であった。

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