第16話 知らない事実、知った事実

 葉桜高校の昼休み。

 早貴はトイレ前の廊下で木ノ崎と偶然出会った。

 初めて二人が会った場所だ。

 そのまま屋上で話をすることに。

 お互いフェンスに肘を掛け、景色を見ながら会話中。


「治ったというのは聞いたけど、足大丈夫?」


 人差し指を怪我した足に向けながら、木ノ崎が聞いた。


「うん、大丈夫だよ。ほんとに治ったの」


 笑みを浮かべながら答える。


「でも安心するとまた痛めちゃうから、ゆっくりリハビリしているけど」


 足首を軽く回して見せる。

 校内一と言われる美人の脚。

 見せられたはいいが、木ノ崎でも目線を泳がしてしまう。


「ま、まあ無理せずにやりなよ」

「ありがと」


 視線を戻す。

 そして思わず声に出してしまう。


「やっぱ綺麗なんだな」

「なに?」


 呟いたことに驚き、取り繕う。


「いや、なんでもない。ちゃんとリハビリしているんだなって、さ」

「こういう怪我には慣れているのよ。実は陸上部だったから」


 早貴をちらりと見ながら尋ねる。


「そういえばそんなことを言っていたな。今は何もしていないのか?」

「今は三年だから引退したし、うちの陸上部は活動していないから」

「陸上部……そういえば何の情報も聞いたことないな。そもそもあったんだな」


 早貴が膨れ顔で言い返す。


「失礼な! ……でも、そうね。そう言われても仕方がないわ」


 一人でクスッと笑う。


「活動していないんだから情報が無いのは当然。いつ顧問に聞いても今日は無しって言われるばかりだったの」

「それもあの時に言っていたなあ。にしても酷いな」

「でしょ? 結局何の大会にも出ずに終了」

「そんな……。悔しいだろ?」

「別にガチでやっていたわけじゃないから平気なの。友達と一緒にやってきたから入っただけだし」


 思い出すように遠くの空を見ながら話していく。


「アタシとその友達ってね、周りの人が言うには足が速いらしいの」

「へ? 自分ではそう思っていないのかよ」

「うん。ただその子と走るのが楽しくて、一番になって二人で喜びたかったの」


 そんな二人には一人の視線が注がれている。

 昼休みの屋上常連客、綾。

 昼寝をしていたら聞き覚えのある声が耳に入ってきたために目覚めた。

 それからはじっと二人を眺めている。

 断続的に動く冷温水発生器が二人の言葉を遮ることにイラつきながら。


「また映画とか行きたいなあ。あれから何も遊んでいないのよね」

「そうなのか? って、俺もなんにもしていないけどな」

「ふ~ん。また遊べたらいいね」

「俺でいいならいつでもいいけど」


 一言も聞き漏らすまいと、二人に気付かれないギリギリまで身を乗り出す綾。

 真剣な顔をしている。


「ちょっと、あの二人って進んでたの!? なんてこと……」


 身体を支えている手が握りを強くする。

 二人の会話にぎこちなさは感じられない。

 ということはそれなりに関係が深まっていると言えるだろう。

 綾は落ち着かなくなっていた。


「実はさ、今あんまり遊べないんだよね」

「なんで?」


 つま先でフェンスを軽く突ついている。

 フェンスの格子を三本程、一回ずつ順番に往復させる。

 それを眺めながら早貴は答えた。


「なんかさ、最近不審者が出ているんだって」

「不審者?」

「だからね、あんまり出歩かないように言われているの」

「物騒だなあ。そんなことがあるのか」


 少々鋭い目つきになってしまった木ノ崎。

 それに早貴は気づかず話を続けた。


「みんなが止めるし、言われなくてもアタシが怖いから避けたいし……」

「そういうことなら、当分大人しくしといた方がいいな。無理にすることじゃない」

「うん。落ち着いたらよろしくね」

「ああ」


 休み終了のチャイムが鳴る中で話も終わる。

 二人がその場から去るのを待って、綾も出て行く。


「とんでもない所を見ちゃったなあ」


 両手で頬をパチッと一回叩いてから教室へ戻って行った。



 ◇



 綾は昼休みに見たことを千代に知らせようとスクールバスの待ち時間に千代の腕を掴んだ。


「千代ちゃん、ちょっと話したいことがあるから今日時間作れる?」

「綾からあたしになんて珍しいね。もちろんいいけど、どこで?」

「それよね。千代ちゃんの家でも良ければ私は車で送ってもらえるけど」

「ウチは全然問題ないよ。綾が来られるならウチにする?」

「いいよ! 行く時連絡するね。それじゃ」


 綾はまだ水泳部を引退していないために、校舎へ戻って行った。

 焦り気味に話されて、千代は呆気にとられていたが……。


「奏のことかな。綾と二人だけで話すのはしたかったからいいけどさ」

「千代、行くよ!」


 バスのステップに片足を乗せた早貴が千代を呼んでいる。


「今行くよ!」


 カバンのストラップを肩に掛け直し、早貴の元へと駆けて行った。



 その日の夜、約束通り綾は千代の家を訪ねていた。

 家には透しかいないため、軽く挨拶を交わしてそのまま千代の部屋へ。

 飲み物を持ってきた千代が部屋に戻ってきたところだ。


「どうぞ。なんだか新鮮だね、綾と二人って」

「こういう時間は欲しいなって思っていたから嬉しいんだけど……」


 一口ジュースを口に含んでから千代は尋ねる。


「ああ、お話だよね。どうしたの?」


 さあ聞きますよ、という雰囲気を醸し出す。


「奏のこと? 何か進展あったの?」

「ううん、早貴ちゃんのことなんだ」


 早貴の名前を出されて目を丸くする千代。

 そう来るとは全く思っていなかったようで。


「千代ちゃんが知っているなら話は終わりなんだけど」

「早貴のこと……最近だと怪我か不審者ぐらいだけど」

「じゃあ知らないのかな」


 綾は出されたジュースをニ~三口飲む。

 始めるぞ、という雰囲気を醸し出した。


「あのね、私って学校の昼休みは屋上にいるでしょ?」


 それから自分が見聞きしたことを全て話した。


「知ってたかな……知らなかったみたいだね」


 気づけば俯いてしまっている千代が口を開く。


「全然聞いてないよ、そんな話」


 心なしか、千代の腕が震えているように見える。


「映画の事は喧嘩の原因だし、行くのはわかっていたけど。まだ会い続けているなんて」

「話してよかったのかな。かえって悪い事しちゃった?」

「ありがと。綾がいてくれて良かった。じゃないと、あたし知らないままだった」


 目を潤ませている。

 どうみてもショックを受けたことが見て取れる。

 綾もその状況を見て、同じように目を潤ませた。


「詳しい事はわからないけど、早貴ちゃんも話すタイミングがあるのかもしれないから」

「……そう、だね。早貴から話してくれるかもしれないよね。もう少し待ってみる」


 綾が千代の横に座り、ぎゅっと握られた手を両手で包み込む。


「早貴ちゃんだもん、ちゃんと話してくれるよ。焦らずに待ってみよ?」


 コクリと頷く千代。

 そして、綾の頭にちょこんと自身の頭を付ける。

 しばしの間、二人はそのままじっとしていた。

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