第18話 人生最大の失敗だろうな

 その人を初めて見た時、

「ああ、こういうオバサンとも同僚になるんだな」

 と思ったよ。もちろんさあ、もちろん、女性としてなんか見ていないしさ。

 ここはたまプラーザ東急SCの地下二階にある従業員休憩室。異動の挨拶に来たら、ここに連れて来られたのさ。詳細は耳に入って来なかったのだけれども、社内的には僕って「頭が良くて仕事は出来るのだけれども、あまりにも、気難しくて超超・扱いにくい男」こんなことはとんでもない、事実無根だのデマだ! と大声で叫びたいけれど、どこに文句をつけに行けばいいのかわからない。まさか、社長室ってなわけにはいかないことぐらい僕だってわかってるさ。出どころはあいつかな? 切れ者と言われていて、前の横浜駅西口店店長の時僕は部下だった人さ、いまはお偉いさんになっている、バカ書店では珍しい、カミソリ・シュートみたいなおっさんかな? (もちろん、当時ですよ。もう、この人はとっくに定年していて以降も嘱託で常務取締役かなんかをやってていたんだけど、最後は石、以て追われるように辞めていったよ。哀れなものさ会社員なんて)でも、あの人とは一度やりあって、僕が怒ったから向こうが謝ったからなあ……たぶんきっと、僕の悪い評判は会社全体の総意なんだろう。ならば、仕方ないね。しかし、僕みたいに小心で蒲柳の質の人間を極悪人のように噂するとは、本当に社会って怖い。やっぱり、国語がいいね。うん? なんか違うね。その頃から躁鬱の気はあったのかしらね。


 オバハンはサービスコーナーのドンでありリーダーだった。正社員だったんだよ。四歳年上。高卒だからベテランさんさ。でも、関内・伊勢佐木町の本店のエレベーターガールと総務部しか経験がなくって店は初めてだったそう。でも、たまプラーザ店の経験が長いから、オバハンは学参しか知らない子鹿よりも弱い僕にとても親切だった。この人ではなくて、まあまあ美人だけど恐ろしい悪意を持って僕に接する、通称・能面冠者と比べたら雲泥の差だよ。要は性格がいいんだなと思ってしまった。確かにそれは当たっていた。でもね、この世のものとは思えないほどの、まるで縄文杉並みの太いメンタルを持っている稀有な女性だったので時に、時に、とんでもない強敵になるとは。そしてねえ……


 トラブルは、契約社員の女性が、元たまプラーザ店でいまは横浜駅西口店にいる男性社員(僕と入れ替わりだ)と結婚した『お祝いの会』の幹事を僕がされてしまったことからはじまった。僕は、そういうことは苦手だし、実はその手の時間外労働? ボランティア活動? をなんだかんだと言って一度もやって来なかった僕は、後輩の可愛い娘を、半ば強引にさあ、副幹事に任命して仕事を全部、丸投げしちゃった。可愛い娘の内心は知らないけれど、とりあえず任務を完了してくれて、それが思い通りだったので安心した。この娘は本当にとても可愛いし、しかも相当な巨乳だし、性格も素直で芯が一本通っているから、いまにして思えばこの娘をゲットすればよかったのだけど、結局のところご縁がなかったんだろうね、しかも、その時の僕は、そんなこと微塵も考えなかったよ。バカだったね。

 で、問題はここから徐々に始まるよ。事務所に僕がいたら、庶務のおばさんが、金庫に社員会のレク費があるよと言う。そんなものの存在を知らなかった僕は、渡りに船とばかり、それを全部使っちまって「バイトさんは無料だよ」と大判振る舞いの所業に出ちゃた。だって、社員会費がたんまりあるからね。ところが、そのお金ってそういう使い方をするものじゃあなくてきちんと手続きを踏んで使用するものだったの。僕そんなこと知らなかったよ。そのことを知った、当時の社員会代議員の能面冠者は真っ青になったらしい。それを見たオバハンが能面冠者より激怒して、僕に怒鳴り込んで来た。知らねえことだったんだよ、ババア! 頭に来た僕はやけくそになって、全額支払ってやったさ。その頃は実家暮らしの独身、文庫本以外は買わないという質素な生き方をしていたから、結構な金があったんだね。これなら文句ないだろう、くそババア! 以降、年上のオバハン改めクソババアと僕は全面対立状態になったのだけど……


 僕もオバハンも三歩歩くと忘れるタイプみたいで、数日経ったら元通り。この辺が気の合うところだったのかなあ?


 それでもトラブルは続くよ。当時のたまプラーザ店は自動釣銭機のレジを使っていたのだけど、僕はレジ締めの時、枚数が植えると面倒な、五円、五十円、五百円、つまり一回の会計で一枚しか釣銭に出て来ないやつはあまり釣銭機に入れないで一回に最高四枚出る一円、十円、百円をたくさん入れていたの。そのことをオバハンともう一人のババアに「そうしてね」と下手にお願いしたら「あんたにそんなこと言われる筋合いはない」とタッグを組んで僕を攻撃してきやがった。メンタルが超弱い僕はショックで従業員トイレで悔し泣きはするわ、泣きながらどんよりとした気分で乗った帰りの電車は一駅乗り過ごすわと最低最悪の状況。ボロ雑巾になって帰宅したよ。でもね、翌朝になると「あいつら、ただじゃすまさねえぞ!」とアドレナリンイコール闘争本能全開状態に変身だよ。僕の作戦はいつも通りの完全無視。僕の得意技だね。そしたら数日して、もう一人のババアの方が「もう勘弁してください」と泣いて許しを請うて来やがった。ふふふ。でも、肝心の強敵、オバハンの方は「その人が詫びても、わたしは謝んないよ!!」だとさ。僕はこう思ったね。「こいつ、絶対に僕の軍門に降らしてやる」ってね。以後も冷たい戦争を続けていたのだけど、ある朝、目覚めたら「オバハンと今夜は飲みに行くべし!」という天啓を受けたので、その日、たまたま倉庫で出会った時にプロ野球みたいなブロックサインを送ってみたのだけれども、当然ながら、伝わらない。仕方ないから言葉で「飲みに行こう」と言ってやったよ。そうしたら、以外や以外、なんだかわからぬが素直について来た。超意外だね。で、その日のうちに「僕と付き合って」ってなぜか自然と告白したら、またもや以外に好反応さ。でね、手を繋いで駅まで行っちゃったら拒まないの。そして後日、彼女から「結婚を前提とするなら付き合ってもいい」と言われたよ。結婚する気なんてさらさらのサラサーティーだった僕はちょっと考えたけれど、まあそういうのもアリかなあなと即断即決でOKしちゃったよ。そうしたら今すぐ結婚みたいなことをいわれたけれど、そうはうまくいかないよ。なんやかんやあって、一年後に結婚式を挙式したのさ。電光石火の早業で何も知らなかった、たまプラーザ店の連中はびっくりしたらしい。なぜだか泣き出した人もいたらしい。僕は、結婚に伴って戸塚店に異動になっちゃったから、詳細は不明だけどね。ああ、僕と入れ替えに、現・衆議院議員(いまもって無所属だね)が藤沢店から異動して来たのだけど、仕事が出来なくてどうしようもなかったらしいよ。こういう人が国会議員になるのですよいまの日本は。これではいずれ崩壊しますよ。なんとかしてよ。優秀な誰かさん!


 まあ、そういうわけで結婚しちゃったのだけれど、これ以降僕の人生、大転落なんだよね。つまり、嫁だった人には悪いけれど、結婚なんてしちゃいけなかったんだよ。僕はね。

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