第17話 最低最悪の悲劇

 まだ、読んでるんだ? 他人の悲劇はそんなに楽しいかい? これから書くことは、僕自身が後世の戒めとして書くんだから、本当に読まなくていいよ。いや、読むな! て叫んじゃおうかな。 といってもあなたは読むんだね? そこまでいうなら面倒くさいぜ、読まないだって? 実に賢明な考えだよ。賞賛に値するのかなあ……


 僕にもようやく、ブサイクだけど、性格のいい彼女が出来たよ。本当にブサイクだったけどね。ひどいもんさ。他人にはとても紹介出来ないね。でも、僕は前にも言ったけれど、性格重視でしょ。ブサイクでも心が透明に澄んでいれば、それなりに見えるものさ。それでいいんだと思っていた。なのに……


 例の三白眼の女が東戸塚の店に異動になったので、ひやかしに行くんだと、店のレジの中で、僕は関東学院大学に通う、ファニーなアルバイトに宣言したんだ。別に彼女に一緒に行こうと誘ったわけじゃないよ。最初から一人で行くつもりだったから、本当にただの宣言だったのさ。なのにファニーが「あたしも行きたい!」って声高らかに言ったのさ。そりゃあ来たければ来ればいいよ。拒むほど嫌い合っている仲じゃない。それどころか、みんなのマスコットと言うか妹分として、みんなも、当然僕もかわいがっていたし、酔っ払って前後不覚に陥った、まだガキの男性アルバイトが飲み屋のトイレから出て来ないと知ると、なんのためらいもなく、男子トイレに堂々と入って行って、介抱しちゃうんだからさ、きっぷがいい娘に思えて、愛しくすら感じたよ。確か、厳しい職人さんの娘だとだれかが言っていたな。でも、僕にはブサイクさんがいるからね。ああ、それから、以前さあ、僕がとある上司に「テニスをやりたいから若くて可愛い女子を二人調達して来い」という、今なら完全パワハラの要求を受けて、困り果てちゃってファニーに「悪いんだけど、来てくれない?」って尋ねたら「いいよ!」って二つ返事で来てくれたこともあったなあ。結局もう一人、気が強すぎる美人アルバイト(のちに僕と大喧嘩して辞めちゃった)をゲットして、上司に対して面目を果たせたから、帰りに横浜駅でデザートをご馳走してあげて、話をすると妙に意気が合うんだよね。正直に言うよ。少しずつ僕の気持ちはグラついていた。決定的だったのは、飲み会が盛り上がりすぎて、僕が終電に乗り遅れたら、京浜急行・金沢文庫駅の一人暮らしのアパートに泊めてくれちゃったのさ。僕は完全なるウブだったから、指一本触れなかったけど、もしもあの時、仮に僕が野獣と化して、手を出していたらどうなっていたかしらね? まあ、喜劇か悲劇の二本の道しか選択肢はなかったろうね。


 話を三白眼巡礼に戻すと、レジの横で僕ら二人の楽しい会話を聞いていた、横浜高校、野球部挫折(一般で入部したんだって。そりゃあムリだよ)のアルバイト(なんか後に、ユニーの社員になっていたな。約二十年前の話だけどね)が日ごろから、ファニー・ファンを公言していたから「お願いです。僕も連れて行ってください」って言ってくるのさ。別に、僕たちはデートしに行くわけじゃない、ただ、あの頃大好きだった三白眼に、お目にかかりに行くだけだから、君が来るのに、なんの支障もないよ。じゃあ、三人で行こうってことになった。


 当日、行きの電車からファニーは僕にばっかり話しかけてきた。浜高崩れがやさぐれているけど、僕は別に優れたMCじゃないから、君を引き立てることは出来ない。それにファニーはかわいいし、僕もまだ若かったから、気分が高揚して来る。ほとんど、二人の世界だ。楽しいな。


 東戸塚の店で、三白眼に会って、ランチをして、また書棚でも見てやろうと思ったら、事件は起きてしまった。


 なぜか、僕の後ろで、ファニーが泣いている。


 ものすごく慌てたよ。とりあえず、彼女と二人で店を出て、ちょっと遠くまで歩いて行って「どうした?」って聞くしかないよね。ファニーはなんだか要領を得ないことを言い、あとは涙がポロポロ落ちるばかりさ。ええ、もうその時は決めていましたよ。「ブサイクさんとはきっちりお別れして、ファニーを守る男になろう」とね。

 とりあえず、時間をかけてファニーを落ち着かせて、店に戻ると浜高崩れが店の前のブロックに座り込んでいて「二人にバックれられたと思いましたよ」泣きそうな顔で言う。すまないな。事情は言えないけれど、僕は君を捨てて逃げたりしないよ。


 横浜駅で三人、別れたフリをして、再合流するという姑息な手段で二人っきりになった僕とファニーは今度一緒の遅番になる月曜日の終業後にじっくり話をしようと約束して別れた。その時、僕はもう完全に彼女を守る戦士になっていたね。


 さあ、たいへんだ。僕は急いでブサイクさんにほぼ強引にお別れを告げて月曜日を待った。(後々、僕の評判が地に堕ちたのは言うまでもないね。『二股野郎』って言ってたやつもいたそうだよ。でも、それは違う! とはっきり言いたい)


 月曜日ですね。

 あれは横浜駅の東口の端っこの方だったかな? バスターミナルへの道路だったかな? 忘れちゃった。人通りも少なくて、深刻なお話を聞くのには丁度、おあつらえ向きのところだったよ。ファニーはなにか悩んでいるみたいなんだけど、彼女がはっきり言わないのか、僕の言語理解力が落ち込んでいるのかはわからないのだけど、さっぱり意味が通じないんだよね。僕はひたすら彼女の手を撫でて、心を癒してあげていたつもりだったんだけど、見ようによっては単なるエロオヤジの極みだ。でも僕もまだ、二十代後半のチェリーくんだよ。内心はエロ一色だったかもしれないけれど、その時は愚かにも、ファニーを守るんだ。そのために後顧の憂いは全て捨てた! ってな気分だったよ。若いね。バカだねえ。


 でね、問題が長期化する前に、ファニーに僕の率直な気持ちを手紙に込めて、生まれて初めて、ラブレターにして送ったんだけどさ……なんか、これまたよくわからないお返事の手紙をもらって、結局は単に、こっぴどくフラれてさあ、しかもファニーはあろうことか、アメリカに語学留学とか言って行っちゃった……


 さて、かなり気まずいのは対ブサイクさんさ。ファニーが退場して一瞬はね、よりが戻ったのだけど、彼女の純な部分がまるっきり消えちゃってさ、そしたらもう、ただのブサイクだから、僕の方が嫌だよってんで、今度こそ、永遠のお別れをしました。以後は口も聞かなかったね。全然なんとも思いません。反省も謝罪の気持ちもないよーだ!


 正確な情報ではないんだけど、ファニーもいまは結婚して2人の子持ちのようだ。結局のところ、彼女は一種の情緒不安定で、恋愛に単純な僕が、女の涙で、すっかりのぼせ上がっちゃったというのが真実みたい。ケイコちゃんの時からさ、泣いた女に弱いんだ。


 この事件の心の傷が癒えなくて、三十二歳まで結婚出来なかった。でも、三十二歳で結婚って当世じゃ遅くもなかったのね。まあ、僕が結婚しちゃったこと自体が大いに問題なんだけど……

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