第10話 絵に描いたような

 僕の学力はクラスで七番目だと担任のモリヤスに言われたから、特段よかったわけじゃない。なので、志望大学も東京六大学など埒外で、日東駒専もちょっと厳しいし、気乗りもしなかった。そうすると大東亜帝国あたりかなとは思ったんだけど、なんとなく地元神奈川県への県民愛に目覚めてしまい、神奈川大学、東海大学、関東学院大学を選んだ。もちろん第一志望は神奈川大学で、その理由は僕の性格を理解してくれていればすぐわかると思うけど、神大の最寄駅は菊名駅から横浜方面にたった二つ先の白楽駅。要するに安近短だということ。明確な理由だよね。

 しかし、予想だにしなかったトラブルが発生する。僕は当然のことながら文学部への進学を希望していた。だが、ここで実父が怒鳴り出した。「文学部に入ったって、就職先なんかないだろ! 実学を勉強しろ」ってね。さらに「もうちょっと、まともな大学も受けろよ」とまで言った。こんなに強く僕の意見を実父に否定されたのは初めてだったので、たいへんなショックを感じた。なにせ、僕はフリーランスで、自由に自分のやりたい仕事をし、それなりの社会的評価を受けている実父を尊敬していたので、ある種、彼の言葉は神のご託宣に等しい。ところが実父の言うことは、本人はまったく意識してないんだと思うのだが、その場限りの駄ボラに近くて、あとで聞いたら「俺がそんなこと言った? 覚えてねえな」ということが多かった。でも、僕はまだそんなことに気がついてない純情可憐な紅顔の美少年だったので(?)、慌てて経済学部進学に変更、東海大学だけは試験に面接が含まれていて面倒だったので面接のない法学部受験にした。さらに、もうちょっとまともな大学を受験しろというリクエストに応えるために大学受験案内を読みこみ、東京の渋谷だけど、とりあえず東急東横線一本で通える國學院大学をチョイスした。決定のポイントは図書館司書の資格が取れるという他の大学にない特徴があったからだ。


 正直にいうと、僕は一浪するんじゃないかと思っていた。だって、受験勉強なんてまともにして来なかったし、またまた実父が「本気で大学に受かりたかったら、高一から準備しとけって言っただろ!」とか言われたの。もちろん、そんなお話を伺うのは今回が初めてだけど、論理的には間違ってはいないので、心が重くなったよ。


 受験は東海大学から始まった。地元神奈川と言っても、東海大は遠いよ。近くには鶴巻温泉なんてものがあるので、大学帰りに、寄ってくかと思った。

 次は関東学院大学。やっぱり遠いし、京急は心身にとても悪い。大学も駅から遠い。うんざり。さらに校舎のお手洗いを借りたら、体育会系のイカしたお兄さんに「きみ、お手洗いは外の臨時トイレを使いなさい。そう貼り紙があったでしょう」とニコニコと脅された。「なんだよ、お手洗いも自由に使えないのか」とまたうんざり。

 神奈川県勢のラスト、神奈川大学は、試験会場の机が前の席の椅子と固定されていて、ガタガタ揺れちゃって、確か震度2くらいあったかな? これじゃ、集中できないし、前の二校より偏差値が高いだけあって問題が難しい。「ダメだこりゃ」って、いかりや長介さんになった。


 もう一浪は決定したと思った。だって最後の國學院大学の偏差値って、前の神奈川県勢より、突出して偏差値が高いんだもの。まあでも、高い受験料を支払ったので、とりあえず試験は受けましたよ。僕は私立大学ってかなり儲かってるだろうなと思った。受験料は確か三万円だったかな? それが受験生分、入るんだからね。

 國學院に向かう道の途中に、元ホエールズのプリンス、山下大輔内野手の豪邸があった。しかし、受験の日はそのツルピカハゲ頭は拝めなかった。残念。

 試験問題はお話にならないほど難しかった。いまでも覚えている問題がある。「この文中におけるダイヤモンドという言葉を漢字三文字で答えよ」ははは、なにこれ? ところがなぜか、ピンときちゃった。答え、試金石ね。賢いわ僕。

 だが、最後の英語の問題が全くわからない。本当に英語なんかアメリカ合衆国ごと消えてなくなればいいと脳内でジェノサイドしてた。助命するのは歴代ホエールズの助っ人外国人だけだ。さて、ホエールズを裏切ってジャイアンツに行ったシピンはどうしてやろう。

 わからないものを考えても仕方がないので、早々に逃げ出した。もう、渋谷なんて二度と来ないと思ったよ。


 やけになって、出たばかりの『ドラゴンクエストⅢ』をやった。「ドラクエ騒動」の主役だよ。僕はカメラのキタムラで『ファイナルファンタジー』との抱き合わせで買った。買えただけでラッキーだった。帰り道でヤンキースに恐喝されないように気をつけて帰宅した。


 まあ、成績は散々で、関東学院大学にかろうじて補欠合格したが「こんなとこ、いく気あるの?」と両親に聞かれたので「ない」と答えた。

 もう気力が限界だったのでドラクエをやっていたら、外出先から帰ってきた実父が激怒して「お前、考えが甘いんだよ! 状況わかってるのか」と叱責された。実父にマジ怒られされたのって人生初だった。実父は肉親の情が薄い人なので、めったに怒ったりはせず、勝手にしなっていうスタンスなので、とてもびっくりしたし、動揺した。

 半分悔し泣きしながら、ウチを飛び出し、代ゼミに行って、本科生のパンフレットを貰い、もうあとはわけもわからず彷徨した。僕はスーパー方向音痴なので、歩いているうちに「ここはどこ?」となったが、もうどうでもよかった。とりあえず、胸の鼓動を抑えたかった。ところが常に交感神経優位の僕は頻脈でさあ、健康診断の時は必ず、何回も測り直されていたよ。でも、健康診断という行為自体が緊張の対象なんだから、脈は減らないの。余談だね。


 夕方、実父に代ゼミのパンフレットを見せつけ、テレビを観ていたのかなあ。チャイムがなって、郵便配達がなんか持ってきた。実母が「学校から、なんか来たよ」と言う。何かと思ったら、國學院の合否速報だった。「何を今さら」と思いつつ、一応見たら1869「イッパツムキュウ」……あら? なんであるのかな。これは……合格ということ? 人生七不思議に入る奇跡が起きてしまった。だって、英語の試験、途中放棄して来たんだよ。考えられるのは……裏口入学かなあ。しかし、このウチのどこにそんな大金があるのだろう。また実父が弟さんから借金したのか。弟さんというか僕の叔父さんは生保会社かなんかの重役で裕福だから。というか父方も母方もウチ以外はみんな裕福だった。ウチだって実父が管理職になりたくなくて東証一部上場企業を辞めなければ裕福だったはずなんだよ。実父は家族を捨てて、自分のやりたい道を選択したってこと。実父とはいえ、所詮は他人の人生だから、口出しは出来ないけれど、僕がその立場だったらどうしただろう? まあ、子宝に恵まれなかったので考える必要もないんだが、いやいやまだ諦めないよ。恥かきっ子を誕生させるぞ! ただ、お相手がいない……


 さらに、もう一回郵便配達が来て、大学から公式の合格通知が来た。その瞬間から実父は今日まで、僕を叱ったり、駄ボラで僕を惑わすことがなくなった。相当バツが悪かったんだと思う。でもねえ、僕はやっぱり経済学部になんて入らず、実父に抗ってでも文学部を目指すべきだったと思う。僕はビジネスというか金儲けには向いていないんだ。かと言って、文学部に入って教師なんかを目指すのもおかしい。教師など、僕の適職でないし、教師という人種を軽蔑すらしているんだ。学校を出てすぐ、社会もろくに知らずに「先生、先生」とチヤホヤされれば、性格がゆがむよ。だから、教師によるわいせつ事件とかの倫理観が欠如した犯罪を生むと思うんだよ。


 まあ、とにかく國學院大学に入学決定。実父はそれとなく「もう一年勉強して、もっといい大学に行くという選択もあるよ」と言って来たが、断った。

 もう、大学受験のためだけの勉強なんて、真っ平御免なんだよ。

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