第8話 愛憎悲哀

 中二になったよ。

 クラスは二組。そしたら、一組と二組だけ、本校舎じゃなくて別棟の掘っ建て小屋……ではなくて、プレハブみたいな建物に隔離されちゃったの。僕にとって小学校以来の親友的なやつらはみんな本校舎に行ってしまったので、とてもさみしかったな。今はさみしいという感情が全然近くに見当たらないんだけどね。その一方で、人見知り度は徐々に上り詰めて来ていたけど、まだ大丈夫だった。友だちの新規開拓には大成功した。このクラスは雰囲気的には突出したガキ大将タイプはおらず、みんなこじんまりした草食系男子の先駆けという感じ。小六の頃と似たような気分だったね。しかも、あのケイコちゃんがいたんだよ。いやー、かわいさがかなり増してるよ。でも、背は小さいまま。彼女はバスケットボール部に入っていて、校外を走る姿を見たことがあるんだけど、バスケ部は長身の女子が多いから際立って小さかったね。まあただ、同じクラスにはいたけれど、小六の時の「ケイコちゃん、号泣事件」のトラウマが強すぎて、たぶん、一言も交わさなかったような気がするし、僕が日本史のテストで99点をとって「どうせなら100点がよかったな」と思いつつ、教師にテスト用紙を渡されて席に戻ると、背後から「チッ!」って舌打ちの音が聞こえたの。席の位置的には……音の感じからは……ケイコちゃんだと思う。「ああ、僕は嫌われてるんだな。そうだよなあ」と改めて自分の罪の深さを感じたよ。彼女と最後に会ったのは大学生の時、小六の主力メンバーが集まった飲み会があって、それに誘われたんだったかな? もうその頃は、人見知りを飛び越え、人嫌いにまでなっていたから、小六の頃のように饒舌に喋れず、というか完全に高倉健状態でさあ、みんなが心配するほどだった。しかも、飲めない酒をどんどんつがれて気持ちが悪い。飲み会の間、ずっと「早くウチに帰って、お布団にくるまりたい」と考えていた。ケイコちゃんは変わらずだけど、才色兼備でスポーツ万能、小学校卒業と同時にどこかへ引っ越しちゃった、トミコちゃんが抜群に美しくなっていて、しかも僕の隣で静かに酌をしてくるの。あー、あの時、住所と電話番号を聞いときゃよかったな。はあ? メルアドとかLINEってなに? もっとも僕の場合、LINEは令和の今でもよくわからないけどね。


 僕は中学に入った頃から架空のプロ野球リーグとチーム、監督やコーチ、もちろん選手までを想像で作り出して遊んでいたんだけども、キャラクター設定はバッチリなのに、試合というかゲームとしてのメソッドを作り出せなくて悩んでいたの。これは完全なる一人遊びね。それが図工の時間、仲のよかったヤマッチに「僕にはこういう選手たちがいるんだぞ」なんて架空の選手名とか背番号を書き出して自慢していたら他の友だちまで乗って来て、ついには六人揃ってリーグ設立。あとはゲームのメソッドだけだった。そしたらヤマッチが「バンダイからプロ野球カードゲームがあるよ」と言って翌日学校に持ってきた。これはいいよ。完璧なメソッドだ。即採用。これはサイコロを二つ使うゲームで、僕らオーナーたちは一人一人の選手カードを作り、おもて面にチーム名、選手名、投手・捕手・守備のスペックランク、裏面にはサイコロ二つの出目による打球の結果などを書き込んでいったんだ。これで毎日のようにペナント目指してリーグ戦に明け暮れたんだ。ああ、本当はペナントなんてなかったよ。なんかあとで実母に聞いたら、PTAだか父兄会でこのゲームが問題になったらしいけど、万事おおらかな僕の実母が盾になってくれたり、担任のヨコジイ先生が許してくれたりしたらしくて、学校公認になったみたい。サイコロ二つ使うけど、丁半博打じゃないんだから別に金を賭けたりしてはいないからね。健康麻雀とおんなじことだよ。ただのコミュニケーションツールだよ。しかしさ、世の中って今も昔もうるせー親がいるんだよなあ。モンスターエナジー……じゃなくてペアレンツだね。


 さて、ゲームやってるうちに学年最終日。ヨコジイ先生が「男女交互に一人を指名し、指名されたらこの一年の感想を言うこと」だってさ。妙なことをするよ。さて、誰が僕を指すの? 「はい」「はい」とどんどん指名されて行く。野球ゲーム仲間もすでに消えた。あれ、僕は? いつ指名……されなかったよ。


 もう、前々から薄々はわかっていたんだ。僕は年上には好かれるけど、同世代以下には嫌われるんだ。稀に精神年齢が高い子に好かれるけれどね。僕のように母性本能をくすぐるタイプは同世代以下にはくすぐったすぎるんだね。なのに、いつも同世代以下が好きになる。「若くてよい畑を求めるのは、種付け人の定めである」これはちょっと失言かな?


 中三は恐怖で始まったんだ。

 僕の席の真後ろには前後左右に巨大なラーメン屋の息子。完全なるガキ大将タイプ。その横には完全なる不良少年。真横はまたしても、僕より身長のでかいクールビューティー、サエコちゃん。人間山脈と核弾頭に包囲された。しかも、担任が、前の学校で暴力沙汰を起こしたと噂され、その風貌はパンチパーマにサングラス、そして口ひげって教師じゃないよね。やくざだよ。しかし、僕は違う感想を持ってしまった。「ああ、ホエールズの五月女豊投手。背番号37」もし可能でおヒマなら五月女投手を画像検索してごらん。それが我らのクドウ組長だよ。

 さらに、悲劇が起こる。今までうまく避けて来た、「恐怖の国語教師」ミツオカに当たっちゃったのさ。すでに僕はヘレン・ケラー以上の苦しみを神に与えられたようだね。しかもサリバン先生はおらず、タリバンのような面々。ジハードが起こらないことを、どの神仏に祈ればいいのか? ああ、まだ当時の僕は不動明王のありがたさを知らずに生きてこれてたんだ。


 まず、ミツオカ攻略。「おい、こん中で俺の授業受けんの初めてのやついるか!」って怒鳴るのよ、ミツオカは。ビビりながら手を挙げたら、僕しかいなかった。ミツオカが舌舐めずりする音が聞こえた。僕はライオンに狙われるか弱いインパラの子どもなの。

「おう、自己紹介してみな」ニヤリと笑うミツオカ。でもね、僕の中のよくわからないスイッチが入ったの。奥歯をカチッだったらサイボーグ009の加速装置だけど、それとは違うのさ。「ええと、ミツオカ先生は怖いと日頃からお噂を聞いておりましたが……」僕はあえて、挑発的な発言をしたあと、有る事無い事ベラベラと喋りまくったんだ。ミツオカが一瞬呆然としたのが見えた。「おう、もういいや」と半ばあきれてしまったようにミツオカが言った。どうも、これがよかったようで、普段のミツオカは生徒が朗読中に漢字の読みを間違えると怒鳴るのに、僕がミスしてもなにも言わなかった。友だちのチョクが「お前間違えたよな?」と言って来たので「間違えたんじゃなくて、読み方がわからなかったんだ」と正直に言ってやった。チョクは首を傾げながら席に戻って行った。まったく、誰に好かれて、誰に嫌われるのかがよくわからないよ。いまはほぼ、孤独だからさ、いいの。この平穏を乱されたくないな。しかし……あっ、ごめん。これは違うところに書く話だった。


 クラスの中では横に座っているサエコちゃんが好きだった。基本的に僕は長身が好きなようだ。もちろん例外もあるよ。人間だもの。サエコちゃんにはノートを借りて、そのお返しに小粋なノートをあげてみたんだけど、心は動かせなかったみたい。やっぱり同級生はダメなのね。ダメなのよ。


 僕、作風、変わってる?


 でもね、本当にときめくほど好きだったのは三組にいたヒロコ。あえて呼び捨て。絶世の美女っているよね? 簡単に言うとそれ。初めて廊下ですれ違った時にはもう恋していた。さらに彼女の体育姿を教室から見ていたら、僕とおんなじ左利き。しかも、友だちのヨコオくんが彼女を見て「あの子、お前に似てるな」なんて言ったの。じゃあ、僕も美人なのかな? 実は僕、自我に目覚めてから自分の顔を見るのがイヤで、鏡は見ないでヒゲ剃ってたし、写真も大嫌い。あの躁病の時だけは例外で、自分の顔が大好きで写真を撮りまくってた。それをMACの顔マッチングしてみたら図書館にあったブッダの絵が描かれたポスターの絵を撮った時のまさにブッダとマッチング。さらにアマゾンで買った釈迦如来の顔ともマッチング。「あれ? ひょっとして僕、ブッダの生まれ変わりなの」って思ったよ。その時はね。気が狂ってたからさ。自意識過剰のおもてと裏さ。

 いけない、ヒロコの話ね。中学時代は誰もなんにも言ってなかったのに、高校生になって、別の高校に行ってる友だちが「大倉山のケンタッキーでヒロコがバイトしてるぞ」って言って、みんなで押しかけたけど、残念だね、いなかったよ。

 彼女はまさに高嶺の花で、口も聞けなかったけれど、二回ほど、奇跡の出会いをしたよ。一回目は僕が職員室のあたりをぶらぶらしてたら、「バターン」と扉が開いて、号泣したヒロコが走って行ったんだ。思いっきり美しい顔を見た。女の涙は美しいね。美人に限るけど。

 もう一回は高校一年の時、電車から降りようと待機してたら、目の前にヒロコがいたの。すごくびっくりしたよ。でもそれが最後さ。「袖振り合うも多生他生の縁」前世じゃ僕とヒロコは双子の兄妹だったのさと妄想するよ。今だにね。これの本当の作者はヒロコをモデルにした女性を何回か小説に出してるよ。わからないよね。誰も読んでないからね。余談終わり。


 それはともかく、後ろの二人は見た目と違って、僕に優しかった。ガキ大将なんか僕が私語をして組長に怒鳴られたのに代わりに謝ってくれた。ああ、昔は愛されていたなあ。だって僕の年賀状最多獲得年ってこの時だもの。それなのに今はさ……


 まあ、とっとと義務教育から卒業しよう。僕はハナから希望していた平凡な公立高校に合格した。なぜ希望していたかというと従兄弟の兄さんがこの高校だったの。ただそれだけ。まあ、自分の成績に見合った高校だったんだけどね。でもさあ、入試の時に大恥を掻いたんだよな。試験用紙に「〜科」と書く欄があったんだけどなんて書けばいいかわからなくて、試験官の先生に「ここ、なんて書くんですか?」って聞いたら「普通科に決まってんだろ!」このバカ的にどなられちゃって大赤面。「ああ、落ちたわ」って感じたよ。でもね、他の受験生も実は悩んでいたんだって。あとでみんなに感謝されたよ。


 はい、次は地獄の高校生活です。

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