第6話 本当の初恋は?

 ごめんね。もしかして待たせてしまったかもしれないね。一応、言い訳をすると、僕は多分に多重人格障害の可能性があって、主たる人格は残念なことに、僕じゃないんだ。だから主人格の隙間に書いてるわけ。けれど、病院に行くのはダメだよ。僕は主人格ではないから、治療で消されてしまうんだよ。それは勘弁して欲しい。僕と主人格は仲が良くて、主人格は僕の文章を見て「まるで村上春樹じゃん。村上春樹なんか読んだことないけど」と面白がっているみたいだ。


 ああ、本当なら小学三、四年のことをびっしり書く番だけど、やめとく。なぜなら、その二年間は僕にとって人生最初の暗黒時代なんだ。

 まず、担任のババアが合わなかった。僕は目の敵にされていた。だから萎縮しちゃって苦しかったんだ。それから、幼稚園入園前から近所の馴染みだった、ちーちゃんって女の子が同じクラスだったんだけど、この子、超いい子ぶっていて、実は僕、大嫌いだったんだ。最悪な瞬間は、ちーちゃんが日直で帰りの夕礼の司会をしていて、僕がちょっと発言したくて挙手したら「はい、〇〇ちゃん」って僕を呼んだんだ。おい、幼児じゃないぞ! 教室は凍りつき、逆に、僕は沸騰したよ。真っ赤にね。幸い、ちーちゃんはすぐに転校した。まさか、僕の呪いがかかったのかなあ? 

 もう一人、イヤなお嬢様がいて、その娘が僕の隣の席になった。彼女は全く融通が効かなくて、僕のミスを逐一、担任に報告するんだ。その度に激しく攻撃される。学校に行くのがイヤだった。体温計を擦り合わせて高熱にして、ズル休みしたこともあったな。ついに、僕は小学生なのに十二指腸潰瘍になってしまい、以後ずっと腹痛に苦しんでいたんだ。だから今も胃腸薬と鎮痛剤とパニック発作に喘息発作と常備しなきゃならない薬がたくさんある。僕は薬剤師になればよかったよ。


 小五になった。なぜか、ムグルマくんとはずっと一緒のクラスだった。実に頼もしい。別に強くないし、あいかわらずひょろっとしているし、おとなしいけれど、いるだけで安心した。そして彼はとんでもないプロ野球オタクだった。実はそれまで、僕はジャイアンツの王、張本、高田、堀内しかわからないプロ野球オンチだった。ルールは知ってるよ。草野球をしていたから。しかもナイター中継なんて興味がない。その僕にムグルマくんが「横浜大洋友の会に入ろうよ」と誘って来た。実は地元にホエールズがあることも横浜スタジアムの存在もほとんど意識の外だ。なんか、ホエールズが川崎から横浜に移って来た時はお祭り騒ぎだったし、選手なんて知らないのに、実父に写真撮影会へと連れて行かれたことはある。全然面白くなかった。

 結局、実母と相談して、中学生になったら「横浜大洋友の会」に入ることになった。しかし、こうなるとホエールズに興味が出て来た。当時の実家にはUHFのアンテナがなくて、ムグルマくんが言うところのテレビ神奈川が観られなかった。そうしたら実父がUHFの室内アンテナを買って来た。恐ろしく画像が荒かったが、これで、ホエールズのナイターが観られる。以後、僕もプロ野球オタクになる。全部、ムグルマくんの影響だ。


 さて、新担任の先生はムラタ先生という、若い女性だった。若いといってもアラサーで、僕らはよく「三十路」と言って先生をからかっていた。既婚で男の子がいたっけ。

 クラスはキタジマくんとイワモトくんという、どちらもガキ大将になれそうな実力者が揃っていた。普通ならこの二人の権力争いが起きるのだろうが、どういうわけか、二人がくっついちゃって超党派の大主流派を作った。僕はなんとなくその中に入り込んでしまった。そして、時には主役、時には脇役、道化も出来る、ユーティリティプレーヤーになった。ムグルマくんは主流派になれなかった。でもこの、ガキ大将不在の状況がクラスを居心地のいいものにしてくれた。人生で一、二を争う良い時間だった。

 もちろん、好きな娘もいたさ。だいたい小一からヨウコちゃん。これは悪党の陰謀で、みんなにバレちゃったのだが、そのおかげで逆に仲良くなれちゃった。でも、いつもそうなのだが、うまく行きそうになるとともに、彼女はどこかへ転校してしまった。小三は地主の娘、クミコちゃん。これは思うだけ。小五はクミコちゃんからケイコちゃんへシフトチェンジ。ケイコちゃんは小柄だけれど活発で明るい、まるで本田翼みたいな娘だった。僕がその当時、親友だと思っていたハタエくんにケイコちゃんへの気持ちをそっと訴えたところ、しばらくしてハタエくんが「俺も好きみたい」とわざわざ、学校のお手洗いまで僕を連れ込んで言いやがるのさ。そこから、たいへんなことになった。クラスの大部分の男子がケイコちゃんのことを好きだったのだ。そのことを知って、ケイコちゃんは泣き出してしまった。結局、ムラタ先生の音頭で男子が、関係ない子も含めて全員でケイコちゃんに謝った。首謀者たる僕は以後、ケイコちゃんとほぼ、口が利けなくなってしまった。ちなみにハタエくんにFacebookの友だち申請をしたら、了承したくせに、すぐ削除しやがった。たぶん、そのころの僕は悲観的な書き込みばっかりしてたからだろうけれども、こいつはそういうやつかと思いさみしかったな。

 それはそうと、今思えば、クラスには文武両道、姐御肌なクールビューティーもいたので、そちらのこの方が案外と問題なくいったかもしれない。僕は母性本能をくすぐるタイプだからさ。よく考えれば、作戦ミスだね。ちなみに、現在のケイコちゃんのFacebookを見てしまったんだけど、閲覧したことをはげしく後悔した。それはそうだよね。僕と同じ年なんだからさ。時の流れは美少女から清純可憐を奪うのさ。


 今まで出て来た女の子のことを好きだったことは確かだけど、所詮は少年の持つ好意の一種に過ぎなかったのかもしれない。

 僕が本当に大人の初恋に近づいたのは夢の中だったんだ。夢に突如、ムラタ先生が現れたんだ。僕はものすごく興奮していた。詳しい記憶はないけど最終的に僕は夢精した。これが初めてだよ。

 ところ僕にはこういったことの知識がなかったので、正直、おねしょをしたと勘違いしてしまったんだ。この年齢でおねしょ! これは親にも誰にも知られたくない。でも、パジャマのズボンは濡れてない。不思議だ。そっとパンツを取り替える。ウチは極貧だから、僕と実父は同じ部屋だ。昔は実姉と一緒に寝ていたんだが、それはマズイと両親が思ったのか、実姉が嫌がったのかはわからない。選手交代になった。


 しかし、翌朝。無慈悲というかなんというのか、お嬢様育ちの実母はよくわかってなかったんだと思うのだが、家族中に聞こえるように「〇〇、なんで洗濯物にパンツが二枚入ってるの?」

 と聞いてきた。どうにも、答えようがないよ。どう誤魔化したかは記憶にない。


 つまり、僕が本当に好きだったのは、どうも三十路のムラタ先生だったんだ。それからは、もう半分ストーカーのように付きまとって、下品な言葉を言ったりしていたようだ。先生はちょと迷惑だったみたい。それでも、卒業まで、よく付き合ってくれたよ。それ以後は、照れが出てきたのかな? 二回くらいしか会っていない。でも、みんなでご自宅にお呼ばれされたなあ。ご存命なら七十前後だと思うけど、全く連絡も情報も入ってこない。僕が引っ越しがちで、なおかつ転居案内なんて面倒で出したことがないからさ、自業自得だ。ムラタ先生に今世で、もう逢うことはない。

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