第5話 贔屓の引倒し過ぎ

 ああ、ごめん。小学校の話しをしていたんだよね。

「空飛ぶ、街が飛ぶ」

 なんていう歌詞のおかしな歌が流行っていたよね。いつだっけ?

 僕の思考もいろんなところに飛んで行ってしまって落ち着きがないようなんだ。

 心も落ち着かないけれど、僕はね、自分の家以外の全ての場所に一時間以上、じっとしていられないんだ。出来ればねえ、どこにも行かずにお布団の中にじっと隠れていたいタイプなんだ。よく、頭からお布団をかぶって、真っ暗な世界に浸っていたよ。なぜか、酸欠にはならなかった。もしかしたらなんだけど、人間の体には本当は酸素って必要ないんじゃないかな? みんなさあ、酸素が必要だって誰かに教わってしまったから、そうなんだと思い込んでいるに過ぎなくて、そう思い込んでいるから、酸素がないと苦しくなって、酸欠を起こしてしまう。ねえ、そう思わない?

 酸化って言葉があるでしょう。悪い意味だよね? みんな、酸素を吸うから身体が、特に肺が酸化して、死んでしまうんじゃないのかなあ。

 もちろん僕も今は酸素なしには生きられないよ。だって、そう教わったんだもの。もう手遅れさ。


 変なこと言ってしまったね。気にしないで。


 小学一年生の僕の担任の先生は、ヤスタケ先生という女性だった。小さな僕には大人の人としかわからなかったので、年齢がいくつだとか、結婚しているのかとか慮ることも出来なかったし、興味もなかった。でも、おばあさんではなかったよ。それくらいはわかった。だって、他のクラスの担任におばあさんがいたから。

 このヤスタケ先生が、どうしてか今もって全く理由がわからないんだけど、完全に僕を贔屓していたんだ。さすがに子どもでも、はっきりとわかるほどの贔屓だった。他の子はどう思っていたんだろう。でも、僕は特にいじめられたりせず、普通に友だちもできた。まだ、全然、自意識がなかったんだろうね。でも、決していいやつではなかったよ。下校の時に、同じクラスのほとんど接点のなかった、やせっぽちの男の子の被っていた野球帽を、クラスのガキ大将というか僕と同じくらい意地悪なやつと一緒になってポーンと通学路の脇にあった深い林の中に投げ飛ばしたんだ。まるでフリスビーのように野球帽は林の中に消えて行った。そのまま僕は振り向きもしないで平然と帰ってしまった。なんだろう。よくわからないんだけど、その頃から僕の心の中にすごく悪いやつが棲みついて来たような気がするんだ。その正体は全くわからない。僕の性分が悪なのか、変な邪鬼がとりついちゃって離れないのか。それとも精神疾患、あるいは発達障害。候補はいくらでも出て来るけれど、答えは永遠に出ないだろうね。もちろん、わざわざ高い料金を払ってインチキな霊媒師に救いを求めるような愚かな真似などしないよ。

 そしてとても残念なことに、今もたぶん、そいつは僕の心の中にいる。


 家に帰ってしばらく経ったら、電話が鳴った。実母が出たようだ。そのあとすぐに呼ばれてかなり怒られた。電話の相手はやせっぽちの子のお母さんで、すごい剣幕で怒っていたそうだ。それはそうだな。けれど、その時の僕は案外、けろっとしていて、「なんであの子は野球帽を見つけられなかったんだろう」って思ってた。実母が謝りに行くから、ついてきなさいと言った。なのに僕は何かを勘違いして、「菊名駅の東急ストアに野球帽を買いに行くんだ」と思い込んで一人で行ってしまった。なんか思考がおかしいのかな? いくら東急ストアで待っていても、実母も誰も来やしない。仕方がないので家に帰ると「どこに行っていたの?」とまた怒られた。みんなやせっぽちの子の家に行って謝っていたのだ。まあ、普通はそうだよね。

 謝りにも行かなかったのに、なぜか僕はその子と親友になり、激怒していたはずのその子のお母さんとも、ものすごく懇意になった。変な話だといまだに思うよ。謝りに行ったいたずらっ子の方はその子のお母さんにどうも、ずっと許されていなかったようだ。これは実母の人誑しの術が出た可能性は大いにある。実母は昔から亡くなるまでなぜか、とても人に好かれ、なんやかやと貰い物をしたり旅行や舞台鑑賞に誘われたりしていた。あれは一種の超能力だと思う。僕にはその力は全く継承されなかった。ああ、ムグルマくんというそのやせっぽちの子とは大学生くらいまでプロ野球観戦に行ったりお互いの家に遊びに行ったりした。今はどうしているやら。


 担任のヤスタケ先生が教員対抗バレーボール大会でアキレス腱を切って、休業することになった。代理教員はご年配のおばあちゃんだった。そうしたら、その代理の先生は特に僕を贔屓することなく、普通に接した。ああ、これが普通なんだと思った。なぜだか、若干のさみしさもあった。

 でも、ヤスタケ先生は半端がなかったよ。なんとねえ、クラスのみんな宛の手紙をわざわざ僕の家に郵送して来たんだ。これにはかなり面食らったよ。当然、僕宛の手紙もある。正直、読んでられないね。なんでここまで贔屓するんだろう。さすがに面倒くさく感じた。

 結局さあ、クラスメートの前で、ヤスタケ先生の手紙を朗読させられたよ。今なら断固拒否するけどね。あの頃はどういうわけか変なところで目立とう精神があったし、ちょっと奇矯な面も出ていた。もしかしてその頃すでに躁病を持っていたのかもしれないね。


 でも、本質は重度の引っ込み思案だったんだよ。無理していたのかもね、

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