第3話 ちょっとだけ前を行く幼稚園児

 僕は結構小さい時から変態で、家の前の土手でパンツ脱いだりしていたの。早熟だったのかなあ? 思春期になったら一気に奥手になったけどね。むっつりスケベってやつさ。

 

 そんなことはどうでもいい。僕はねえ、幼稚園というものに入ったんだ。個人的には入りたくなかったけれど、親の意向もあるし、近所の仲良しも入るから、仕方がないね。


 ここで、重大な疑問。実姉は幼少時、近所の保育園に通っていたの。でも、よく考えるとおかしいよね。その時、実母は専業主婦だったんだよ。幼稚園は文科省、保育園は厚労省の管轄で、役割が違う。保育園って働くお母さんが子供を預けるところだよね。なぜ、専業主婦の実母の娘が保育園に入れたんだろう? もし、このことが待機児童を抱えるお母さんに知られたら、「保育園、死んだ」って言いながら、我が借家にお母さんたちとその支持者が殺到して、投石してきたと思う。本当に不思議というか、呑気な時代だったんですかねえ。


 まあ、とにかく僕は伸びる会幼稚園という、地域では結構ノーブルな幼稚園に入った。孤立するかなあという不安はあったんだけど、近所の入園前から遊んでいた男女と、新しい友だちができて、ホッとしたよ。それに、担任のミトメ先生が、なんだか僕のことが大好きだったらしくて、理由は不明だけど、やたら贔屓されていた。僕は時々、信じられないほどに先生に贔屓されることが何回かあった。中学までだったけどね。なぜかというと、たぶん僕が、ほかの子より、少し賢かったからだと思う。おいらは天才とまではいかないんだけど、ほかの子より一歩進んでいたんだ。これはねえ、実父に感謝するしかない。ウチには信じられない量の本があったんだ。普通の書棚に入り切らないで、階段の半分が書棚になっていた。当然、ほとんどが大人の本だけど、本という存在に気づいただけでも成長でしょ? 実際に僕が読んだのは実姉の書棚の本だったけれど、幼稚園の段階で、読書マニアになってしまった。そうすりゃあ、幼稚園の学習なんて、屁の河童さ。両親は特に僕に勉強しろとはずっと言わなかったけどね。もうちょっと、発破をかけてくれれば、もう少し、いい大学に行けたかもしれないけど、結局は僕の進みたかった文学部を、実父が全否定したので、やむなく経済学部に入ったんだけど、つまらなかったよ。本当につまらなかった。そして、なんの役にも立たなかった。文学部に入っていたら、人生変わっていたかもしれない。でも、実父に強く反論できなかった僕が一番悪いね。


 幼稚園なんて意外とあっという間で、僕は年長さんになった。担任のジン先生は僕を贔屓してはくれなかったよ。逆に、厳しかった。でもねえ、ものすごく美人だったんだ。うしし。

 幼稚園には昼寝の時間があるんだけど、おいらはその時間を密かな楽しみにしていたんだ。だって、先生が巡回するでしょ。しかもさあ、スカートを履いてだよ。もうわかるでしょ。パンツ丸見えなんだよ。ウヤヒャヒャヒャだよ。しつこいけれど、僕は早熟だったんだ。先生も迂闊だよね。幼稚園児を侮るなかれ。


 幼稚園の時代はイジメもなく、友だちも多くて、楽しかったね。まだ、自我に目覚めていないから、羞恥心がほとんどなかったからね。


 そう言えば、文化祭のようなもので、紙製のロケットを作るので、だれか、宇宙飛行士を描いてくれって先生がいうんだけど、誰も描くって言わないから、僕は「いいよ」って言ったんだ。なんて積極的なんだろう。でもさあ、資料とかない。ウチに帰って実父に言ったらなんか図鑑みたいのを持ってきたんだけど、その本に出ている宇宙飛行士がさあ、黄色い宇宙服を着ているの。「普通、銀色じゃねえ?」って思ったけれど、時間もないので、黄色い宇宙飛行士を描いて、先生に渡したら、すごく喜んでくれた。美人のジン先生に喜ばれて僕も嬉しかったよ。まあ、それで、大きなロケットが完成されて展示されたんだけど、その後始末はどうするんだってなって、最大の功労者である僕に贈呈されたの。正直、いらねえよと思ったけれど、実父が背負って帰って、長いこと狭い借家の一角に立っていたね。阿呆らしい話さ。

 そんなもんかなあ、幼稚園の記憶は。この頃はさあ、いやらしい話、頭がよかったんだよね。神童かもしれないと言われていた。それが今ではこのザマだから、小さい頃の優劣はあてにならないということだね。

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