第2話 記憶と妄想の迷走

 いきなりだけど、自分の一番最初の記憶って覚えている?


 僕はねえ、覚えているよ。ただ、この記憶は後から自分の脳が作ってしまった虚偽の記憶かもしれないんだ。脳は嘘をつくとかなんとかいうタイトルの本があるでしょ? 僕は学芸書は読まないから、詳細はわからないのだけど、脳は実際に見たものに、いろいろと都合のいい脚色をしてしまうってことだよね? だから、僕の最初の記憶もウソかもしれない。まあ、ちょっと読んで考えてみてよ。


 真っ暗闇から始まったんだ。そして、僕か他人かわからない声で、

「また、始まるのか」

 と、つぶやくのが聞こえたんだ。そして画面が開き、僕の脳にスコープされる。

 そこは小さい時に行きつけの、理髪店だった。なぜか、一家揃って、僕の散髪を待っている。どうも、実父の故郷、新潟県の柿崎へ行くらしい。そのために、僕の髪を切ったみたいなんだ。ここまでなら、あってもおかしくない。でも、ここが僕にはウソっぽく感じられるのだけど、横浜に積もるほどの雪が降っていたんだ。新潟ならわかるんだけどね。こんなこと知っている人はいないと思うけど、柿崎というところは日本海に近過ぎて、風が強く、雪があまり積もらないんだ。だから、積もるほどの雪を見たというのは脳の脚色なんじゃないかなあと思う。しかも、その時の僕の年齢はせいぜい一歳という設定なんだ。一歳の記憶ってありえない気もする。でもね、この記憶を僕は僕の一番最初の記憶と位置付けているんだ。


 僕の一家は親戚の叔父さんの土地に立っている借家に暮らしていた。東急東横線の菊名駅から徒歩五分という最高の立地で、住所でいうと、横浜市港北区篠原北。よく北町って町をつけちゃう人がいるけど、町はつかない。まあ、要するに高級住宅地だよ。でもね、我が家は極貧なんだよ。だって、実父に定収がなかったんだからさ。詳しいことは省くね。地主の叔父さん(隣の屋敷に住んでいたので『隣の叔父さん』って呼んでたので、以後はそうするよ)はなんだか良い人で、我が家に家族が増えたからって、一部屋しかなかった二階にもう一部屋、増築してくれた。実父がその時、金をいくらか出したのかはわからない。増築されたところはもともと物干し場で、眺望がよかったんで割と好きだったんだけど、大人の決めたことには逆らえないよね。僕は毎日、大工さんの働いている様子を眺めていた。面白かったんだと思うけど、詳細は全く覚えていない。

 それがね、何十年も経って、そのことを実母に話したら、

「あんた、なんでそんな昔のことを覚えているの?」

 と言われた。そう言われても、はっきり覚えているから仕方がないよ。

「あんた、二歳くらいだよ」

 だ、そうだ。僕はもっと昔のことも断片的に覚えているけどさあ、これ以上、実母を驚かせても仕方がないからやめといた。もう、実母はその時、心身ともに弱まっていたんだ。そして僕はそれから二年以上実家、実家と言っても高齢者用の集合住宅だけどね、とにかく、足を向けなかった。面倒くさかったし、両親といえども他人に会うのは楽しくないから。そうやって、避けていたら、次に実母に会うことになったときは、もう危篤状態で、目は合ったけど見えていたんだかどうだかよくわからなかった。しかも、死に目に会えなかった。僕にも悲しいという感情はあるのだけど、ほかの人より、ものすごく少ないようで、実母が亡くなっても悲しいって、あんまり思わなかった。さみしいって方がちょっとあったかな? でも、涙ひとつ出なかったよ。それより、実母の意識がしっかりしているうちに、なぜ連絡をしてこなかったんだという、実父への気持ちが強かった。いや、怒ったわけではない。気持ちとしか言いようがない感情だね。


 それからちょっとして、別れた妻と長いこと飼っていたねこのアビが急に亡くなり、たまたま元妻の家に一人でいた僕が看取ることになってしまった。こいつはメスなのに乱暴者で、僕は本気で噛まれたり、ひっかかれたり散々な目にあったんだけど、弱々しく亡くなっていくアビに、看取ることのできなかった実母を重ね合わせてしまった。ねこと一緒にしてお母さん、申し訳ない。アビも看取るのが元妻でなくて僕だったからがっくりしたろうね。


 アビの目に光がなくなったとき、生き物の死とはこういうことかと思った。


 なんか、先走ってしまったが、ネタはいくらでもあるんでね。あとは僕のやる気次第だな。

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