第153話:月花桂樹
奇龍目線___
雨梨もきっと桂樹の事を知っていた。いや凛音は桂樹のことを知らないからいいとしても、俺だけは何も知らなかった。裏切られた気持ちでいっぱいだ。
桂樹が行く所は何となく分かる。桂樹は黒軍から離反してから実家には一度も帰っていない。そう桂樹のお母さんから聞いた。帰れるわけもない。黒軍の影響力が強い地域で黒軍から離反してどの顔で帰れるか。俺なら帰れない。
桂樹の家族は桂樹が離反したことで嫌がらせに遭っていたらしい。俺が瀕死の時に桂樹の両親はうちの親を尋ね謝罪をとにかく繰り返していたらしい。両親共に軍関係者だ。両親は俺が山場を超えるまでは姉ちゃんの件も重なってそれどころじゃなかったと聞かされた。良く分からないが話し合いで解決したらしい。俺の治療費は全額負担してもらったし、今後その影響が出た際も負担すると言っていたようだ。
俺が桂樹のその後を聞きたくて、桂樹の実家を訪ねた時に桂樹のお母さんは土下座をし、地に頭を何度も擦りつけていた。俺が桂樹の兄弟に何か報復をするのではないかと怯えていた。俺は桂樹の今を知りたいと伝えたが、あの後桂樹と会っていないそうだ。嘘ではないと思う。
桂樹は白軍には戻れない。一度捕まってすぐ赤軍に戻らないだろう。そうなると潜伏先なんて絞られる。あそこに行けば桂樹と話せるのだろうか。
俺はとにかく急ぎ地元に戻った。俺らの小学校は相変わらずだが、この小学校は昔の戦争の遺跡が残されている。危ないから入るなと先生にも親にも言われたけど、小学生男子のロマンが詰まっていた。桂樹も含めて何人かでよく遊んだ遺跡の目の前へ来た。こんなに小さかったのか。あの頃はとにかく大きくて怖くて度胸試しとしてよく入った穴だ。桂樹と俺は度胸試しで最後まで辿り着いた事がある。そんな昔の記憶を辿る。
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「奇龍!お前怖いなら帰れよ!」
「帰らねえよ!桂樹だって怖いんだろ。足震えてるぞ。」
「怖くねえよ!寒いだけだ。」
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あの時のようにライトを持ち、どんどん気温が下がっていく中を進む。たしか道は真っ直ぐだから迷うことはないけど、地面は滑るし気温は下がるし、涼しい風が時々吹くから高校生の俺でも少し不気味だと思う。意地になって2人ともリタイヤと言えなかった。だから俺らは誰も言ったことのない洞窟の先に辿り着いたんだ。そして洞窟の先の草原を見つけた。キラキラ光った草原を見つけたんだ。
「奇龍。今回は俺の方が早かったな。」
「桂樹。お前の方が早く出発してるんだから仕方ないだろ。」こんなにも旧友に会えたのに辛いのか。
「何しに来た。まさか探検とかじゃないよな。」
「当たり前だろ。お前と話に来た。」
「そうか、奇遇だな。俺もだ。」
「俺が来ると本気で思ってたということ?」
「当たり前だろ。折角百鬼に会えたのにお前の事教えてくれないんだからさ。脱走して会いに来てくれるのを待つしかないだろう。」
「気持ち悪いなお前。」
「それが久々に会う友達への態度か?寂しいなー。まあいいや。何が聞いたいんだ?」
「今赤軍にいるって本当か?」
「そうさ。去年白軍を抜けた。結局2年ぐらい居たのかな。」
「なんで。」
「あいつら革命革命って言ってばかりで全然黒軍に勝つための具体的な案出さねえんだもん。そりゃあ馬鹿らしくなるだろ?」
「黒軍を憎んで白軍に行って、馬鹿らしくて抜けた?意味がわからない。」
「お前に分かるわけないだろ。黒軍で奇龍は必要とされてたもんな。」
「どういうこと?」
「俺もさずっとあの日まで黒軍で頑張ってたよ。訓練だって勉強だってさ。だけどお前にずっと戦闘演習で負けていただろ。それでもさ頑張ったらいつか結果は着いてくると思ったのさ。だけどそうではなかった。」
桂樹はそんなに下手だった記憶はない。というか中等部で桂樹とクラス違うし関わった記憶もあまりない。
「結局戦闘演習で俺は強くないだけで、努力してないだとか、逃げているだとか、甘えてるだとか散々な言われ様だったよ。でもお前は知らないだろ。」
「知らなかった。一体誰に。」
「黒軍の同級生なかまだよ。」
「そんな事…。」
「先生も言っていた。お前は本気でやっていないから下手なままだと。俺がどれだけ辛かったか分かるか?」
なんにも言えない。俺は知らなかった。そんなことを言われていたから桂樹は仲間を信じられなくなったのか。
「お前は戦闘演習だけは良かったもんな。俺は同郷だから余計にお前と比べられたんだよ。喘息持ちのあいつにすら勝てないのかと。俺はそんな声を吹き飛ばすためにとにかく訓練したさ。ずっと訓練してたよ。そうすると次はこう言われるのさ。練習している割に下手だね。そんな頑張らなくていいのにってさ。」
「桂樹はなんで黒軍に入ったんだ?」
「戦争を止めるためだよ。俺は戦争を止めたかった。本気でな。お前小学校の時の同級生の女の子が、小五の夏休みにおばあちゃんの家がある地域で小競り合いに巻き込まれて亡くなったの覚えてるか?」
「なんとなく。」そんな子も居た気がする。薄らとしか覚えてない。
「俺さあいつと約束してたんだよ。夏休み明けたらゲーム返すって。でもあいつの夏休みは俺らより早く終わらせられたんだよ。本当に当たり前のように夏休み明けに会えると思ってた。なのに彼女との当たり前は壊れた。」
「だから戦争をやめたかった?」
「そうだよ。戦争が続けばあの子のような人間が死ぬ。何人もな。それをまた繰り返していく。そんなのおかしいだろ。」
「そうだな。」
「黒軍に入って白軍を倒したら戦争は終わる。彼女のような子を出さないために黒軍に入ったのに、結局俺は出来ないことを出来るようになろうと努力すれば後ろ指を指された。気にせずに居ようと努力したさ、だけどどれだけ無視してもあいつらは言い続けた。俺は結局疲れきったんだよ。生きることにな。
そんな時にたまたま白軍をの奴に声をかけられた。元黒軍のな。そいつがさどちらかが倒れれば戦争が終わるなら、復讐と信念両方貫くことができる白軍に来ないかってな。俺は魅力的に感じたよ。そいつらに復讐したい気持ちは静かに増えていっていたし、戦争が終わるなら正直どこが勝ってもどうでもいいからな。」
「桂樹。気づかなくてごめん。」
「別にお前に恨みはない。黒軍には恨みはあってもな。だから謝られても困る。寧ろお前に関しては俺が傷つけた側だろ。タイミングが悪くて殺すしかないと思ったんだ。あの時は中途半端に斬ってごめんな。お前を斬らなければならなかった。」
「俺がお前を恨むと思わなかったのか?それに…なんであの時急所を狙わなかった?」
「お前は俺を恨めないし殺せないよ。お前は仲間や友達に手を上げられない。敵であってもな。お前は優しいもんな。昔からずっと。俺も友達を手にかけるのは躊躇っただけさ。」
桂樹の口元が右だけ上がる。俺らがまだ互いに味方だった頃よく見た表情だ。
「桂樹。」
「なあ奇龍も赤軍来ないか?赤軍はいいぞ。基本的に自分の考えで行動させて貰えるしな。本気で戦争を終わらせるために考えて行動している奴らばっかりだ。赤軍が登場してから白も黒も目に見えて弱体化しただろ?結局戦争を終わらせるためには赤軍が必要なんだよ。」
「俺は黒軍に大切な人を何人も残してきた。何を言われようと赤軍にはなれねえよ。」
「残念だ。ならどっちかが死ぬしかなくなったな。奇龍は脱走兵を見逃すわけにいかないだろ?俺は相手の戦力をついでに殺して逃げれるなら最高だしな。」ナイフが向けられる。
「ナイフ?」
「銃も使えるが、それだけだとつまらないだろ?早く銃抜きな。」
俺は腰から銃を抜き桂樹に向ける。だが桂樹の三日月のような口元が視界に入ると小学校の時の桂樹と重なる。
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「奇龍!ここすげえよ!」
「本当だ!すげえ!」
「俺らだけの秘密の場所な!あいつら最後にここがあるって知ったら肝試しにならねえもん!」
「そうだな!ここは洞窟をクリアした勇者だけの草原だ!」
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「桂樹。」
「なんだ?撃たないのか?カタカタ震えて銃口が定まってないぞ。」
「桂樹やめろよ。出頭してくれ。黒軍に素直に全て話したら五体満足で実家に帰してやれる。」
「実家にはもう帰るつもりもないよ。」
「お前の両親も兄弟もお前の事待ってるよ。」
「裏切り者をか?それは無いだろう。俺は戻れないことも覚悟で黒軍抜けたんだよ。信念と復讐のためにな。奇龍観念したらどうだ?もう殺し合うかお前が赤軍になるしか道はないんだよ。」
相変わらず銃口は定まらない。
「桂樹、最後だ。黒軍に出頭してくれ。お前の身の安全は俺が守るから。頼む。」
「黒軍なんて信用出来るわけないだろ。」
「まだ間に合う。黒軍も悪い人ばかりじゃない。」ふとみんなの顔が浮かんだ。
「お前にとっていい人が俺にとっていい人とは限らないだろ。諦めが悪いのは本当に変わってないな。お前は。そういう甘さが2度も命を落とす危険を生むってことを分からせないといけないのかもな。ごめんな奇龍。」
俺は結局2回も桂樹を…友達の手を引くことは出来なかった。桂樹と俺はどこでずれてしまったんだ?
あいつの投げた数本のナイフがゆっくりと近づいてくる。的確に俺を苦しませないように急所を狙ってきている。
ああ桂樹。行かないでくれよ。そんなあの時と同じように苦しそうな顔されたら、俺はどうしたらいいか分からなくなるだろ。
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