第115話:普通
雨梨目線___
「岩倉。」
振り返ると思ったより近くに人がいた。なれない。
「大丈夫か?」
「うん。どうした?」
「いや、これなんだが…。」
見せてもらった機械を見て
「ここ削りすぎだと思う。」
「ありがとう!」
そう去っていく同期を見て不思議な気持ちになる。どうして自分は今馬に乗ってみんなと一緒に居られないのだろうか。馬上で感じていた風はあんなにも気持ちが良かったのに、ここは風は吹かずただ重苦しい空気が僕を抑え込もうとする。耳から聞こえるのは低い音。対処が早くて少しは軽くなったけど、それでも前みたいに聞こえないのがストレスだ。当たり前のものは失ってから気が付くと言うけど、そう言う人は失う前に気づき失う恐怖と共に生きていくなんて思っていなかっただろう。
「今日は帰るね。」そう言い部屋から出る。
「ぅ…り。」
「あ…蒼桜先輩…。」
遠くから呼ばれた気がして振り返ると嬉しそうな顔をした蒼桜先輩が来た。
「調子はどう?」
「前よりは楽になりました。」
「そっか…立ち話もあれだし、外出ない?休日ラボに詰めていても気が滅入るでしょ?」
「はい…。」
蒼桜先輩は商店街の外れの静かなカフェに連れていってくれた。
「研究忙しい?」
「それほどでも…。先輩方は…どうですか?」
「班?」
「はい。」
「んー。変わってないようで全然違うかな。」
「え…。」
「やっぱり雨梨居ないとダメだね。奇龍はとにかく空回りするし、凛音は無理するし…。雨梨がいたらきちんと締めるところは締めて緩めるところは緩めてくれるでしょ?二人とも必死になると周りが見えなくなっちゃうから。」
「でも僕戻れないんじゃ…?」
「なんで?戻れる戻れないって話じゃなくて、雨梨の居場所は俺の班だよ?」
じんわり温かい気持ちが広がっていく。
「心配だった?…ってそうだよね。」
「僕…技術から勧誘受けていて…迷惑かけるぐらいならそっちに移った方が良いのかなって。」
「技術に行きたい?」
「僕は…。」
班に居たい…。でも…。
「俺は素直に気持ちを聞きたい。どうしたい?」
「戻りたい…です。騎馬隊の百鬼として生きたいです…。」
「そっか。分かった。」
「でも…研究も好きだから…前みたいに研究もしたいです…僕中途半端ですよね?」
完全に我儘だ。
「いや。あのね、技術から欲しいと言われたんだ。耳のこともあるし、有能な技術者を戦場で死なせる訳にはいかないって。だけどね、俺は本人の意志を尊重させたいと思う。」
「それは…。」
「気にせずきちんと治療して戻っておいで。もちろん治るまで会うなってことじゃないよ?最近顔見せないの気になってたから…。今までと変わらないってことを伝えたかったんだよ。あと今日聞いた気持ちはきちんと技術と人事に伝えるよ。技術の上層部も無理して君を捕らえたいわけではなさそうだから。」
そうなんだ…前のことがあるからてっきり…。
「安心した?」
「はい…。あの…!」
「ん?」
「僕、きちんと治してきます。」
「うん。焦らないでね。」
「おい!雨梨!!」2人で寮に帰ると奇龍がいた。
「風呂いこ!蒼桜先輩も!」
「いいねー!」
「行く…。」
3人で人のいない時間にほぼ貸切で入る。他愛のない話。オチもなんもないけど、ただ普通の話が出来たこと、何も変わらない気がしていることはとても幸せな時間だった。
「ありがとう。」
「ん?」
「なんか…楽になった。」
2人は顔を見合わせて笑いながら帰るぞと言った。
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