第102話:さようなら
猫音目線――
あの子は死ななかった…のね。せっかく黒軍の一部の逆らえない子達を使って仕留めようと思ったのに。
「しぶとい子。」
だけど、私が一条家にとって唯一無二の存在になれた。だからまぁいいことにするか。そう思い雲がまだ残っている空を見上げる。
「猫音様。」
「玄。入っていいわよ。」
「着替えを持って参りました。いつもの所に入れておきます。あと、秋らしい天気なのですこし院内外を散歩しますか?」
気が利くじゃない。
「そうね。」
「では車椅子を用意致します。」
用意された車椅子に乗せられ、院内を動く。外の庭に行く途中であの子を見かけた。
「凛音、いい天気になったから少し外の空気吸いに着いてきてくれないか?」
「奇龍先輩…でも…。」
「大丈夫。雨梨と姉ちゃんも来るし!蒼桜先輩は今すこし忙しいけど…。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「いいって!」
あの子が生きてる。しかも少し笑っている…。なんだか無性に壊したくなった。あの子が持っている全てのものが嫌い。特に仲間ごっこしているのを見ていて本当に気分が悪い。今回は…私、失敗したの…?
「猫音様。」
「あ、ごめんなさい。すこし考え事をしていたわ。」
「すこし院内を散歩してからにしましょう。」
「そうね。」
車椅子の向きが変われど、彼女の姿が焼き付いて離れない。本当に嫌いだ。どこを移動したか分からない。だけど、すこし病棟の中では異質な所に来たようだ。
「ここは?」
「ICUですね。気になりますか?」
うなづくと
「分かりました。」と車椅子を止めてくれる。あそこにいるのが桐谷先生と風見先生ね。凛音なんか守らなければあんなことにならなかったのに。意識はあるようだけど点滴や機械に繋がれ、痛々しい。
「あず兄ちゃんっ…。」
「雨音大丈夫。泣くな。父さんは死なないって。」
中学生くらいの男の子が小学生くらいの弟らしき男の子を抱き抱えている。弟は泣きじゃくっている。近くに置いてあったランドセルのキーホルダーには"A.Kiritani"と文字が入っていた。ああ桐谷先生の息子さんたちね。
「あず兄ちゃん。なんで父ちゃん死にそうなの?」
「それは…。俺にも分からない。」
「だって父ちゃんは悪いことしてないもん。なのに殺されそうだったんでしょ?なんで?」
「そうだな。なんでだろうな。」
悪いこと…ね。
「玄、もういいわ行きましょう。」
「分かりました。」
あの子達にとって私は悪ね。知っているわ。きっとこのことが露見すれば私は悪人として見られるわね。でも、それでも奪われたくなかった。頑張ってきて手にした居場所を、あの子は急に現れて荒らして奪っていくんだもの。そして、私の持っていないものを沢山持ってよく笑うのよ。それが本当に不愉快なの。今日だって、なんであんなにトラブルを起こしているのに、大切にされるの。あの子の代わりなんていくらでもいるでしょう。なんであの子なの。
部屋に戻り、玄が家に帰ったことを確認した上で携帯を開く。もう黒軍で使える子は思い当たらない。だって本当は殺せているはずなのに。
「本当にしぶとい子。地味で戦闘も強いわけではないのにおじい様に気に入られて、玄まであちらについた。本当に気に入らない。」
今日だって会ってしまうなんて気分が悪い。でも…あの子は同じ病院にいるってことが分かった。もう一度私の手で…彼女から全て奪えるなら何だっていいの。あの子ばっかり全て手に入れられておかしいもの。布団から起き上がり、一度深呼吸をする。私本当はもう歩けるの。だけど車椅子に乗っていくわ。私だって弱っているって見せるために。弱っている彼女なら次は必ず。彼女を殺したら…ちゃんと私は必要不可欠な完全な人間になれるんだから。ナイフを胸元に忍ばせる。あの子の病室は前と変わっていたけど、この病院は黒軍の施設でもあるの。だから警備がなされている部屋は大体分かる。車椅子で部屋の前にいる警備に
「従姉妹の一条猫音よ。凛音に呼ばれたので入っていいかしら?」
「そう言う話は聞いてませんが…。」
「あら、一条家の者がおかしなことをするとお思いですの?」
「いえ!そんなことは!」
「冗談ですわ。」
何かを言いたそうにぐっと飲み込んだ警備の顔を見て、
「開けてちょうだい。」そう言った。
病院は彼女の好きな柑橘系の香りが漂い、私のフローラルな香りと混ざり、歪な空間になっている。彼女は眠っている。ナイフの刃を出し、ゆっくり彼女に向ける。
「さよなら、凛音。」
そう言い振り上げた途端―――
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