第94話:✕を描く
奇龍目線――
どうしても今日は1人になりたくなかった。
「雨梨…。」
「何…?」
「凛音、寂しくねぇーかな?」
「うーん。寂しいと思う。」
「こんなにしんどい時って…寂しいんだな。」と布団に顔を埋め、泣きそうな顔を少しでも隠す。そんな俺を慰めようとしてか、
「そうだね、早く側に居てあげれるようになりたいね。」と布団の上から手でトントンしてくる。昔高熱で意識が朦朧とした時がある。姉ちゃんがこうやってトントンして看病してくれたな。
「凛音がさ、目を覚まして、全て話して、疑われなくなったとするじゃん?」
「うん。」
「でも、凛音は戻ってこれるのかな?」
「…。それは凛音にしか分からないよ。」
「もし、黒軍や仲間のこと信じられないまま、黒軍に戻らなければならないってなるなら…。もう辞めた方がいいと思う。仲間が信じられなくなったらきっと地獄だから。」
中等部の時にも1度だけ高熱を出した。胸に傷を受けた時だ。その時は、本当に生と死の間をさ迷っていたらしい。意識もしばらくなく、助からないだろうと言われていたんだと。姉ちゃんは、高等部であった戦争のトラウマで、廃人になっていたのに、週に何回か病室に来てくれていたって、蒼桜先輩が言っていた。姉ちゃんは覚えてないって言うけど。
「また思い出した?胸の傷の時のこと。」
「まぁな。あいつのこと俺は仲間だと思っていたから。」
「仲間…か。」
そんなに感情を表に出さない雨梨が、そんな苦い顔するんだな。いつもこの話をする時、雨梨は少し感情が顔に出る。
中等部3年の秋、夜中トイレに行った帰りに人影が見えた気がして、廊下から外を見ると小等部の頃から同郷で仲のいい友達の姿があった。窓から外に出て、
「何してるんだ?」と声をかけた。あいつは何故か大きな荷物を持って、学ランでいたからだ。中等部から寮に入る生徒が多く、ホームシックで脱走することはよくある。3年になってホームシックかと思い声をかけた。
「奇龍…か。」
「あぁ、そうだ。脱走か?地元に帰るのか?」
「いや、帰らない。」
「じゃあその荷物でどこに行くんだ?」
「見なかったことにしてくれ。」
「どうした?」
「俺は軍を抜ける。」
「は?」
何を言っているのか分からなかった。
「俺は黒軍のことをもう信じられない。」
「何言ってるんだよ…!」
「俺は黒軍をやめる。」
「考え直せって!!」
あいつの前にいき肩を掴んだ。あいつは下を向き唇を噛み締めていた。
「奇龍、すまん。どいてくれ。」
「どかない!俺はお前のこと仲間だと思っているからな!」
「仲間か…。ごめんな、奇龍。」
その瞬間蹴り飛ばされ、抜きざまに下から袈裟斬りにされる。
「うっ…。」
傷口から燃えるように熱くなり、抑えた手からは生ぬるい感触が腕を伝った。そのまま俺を斬ったあいつは立ち去ろうとした。
「待てっ…!」
「奇龍、これ以上止めるなら俺はお前を殺すしかない。」
「なんでだよ…!俺たち…いつも一緒だったじゃねぇか…!」
なんとか止めようと、地面にあった木の棒を杖にし、あいつの前に立ち塞がった。
「お願いだから、考え直っ…うぐぁっ!」
違う方向から×印を書くように再度先程より深く袈裟斬りにあい、地面に倒れ込んだ。服が生温く濡れていく感覚が気持ちが悪い。
「ごめんな、奇龍。」
視界にはそんな俺の横を通り過ぎるあいつの足。
そこまでが俺の記憶だった。
あの時の×印の傷跡は未だに深く残っていて、なるべく見られたくないから風呂は早めに行っている。仲間を信じられない。それは責任感があって、優しかったあいつをあんなに変えてしまった。凛音までそうなったら…考えたくない。
「奇龍…?」
「あ、ごめん。何?」
「いや、急に黙ったから。もう寝よう。変なこと思い出す必要はないよ。今日は僕ここで寝るから。」
まるで見透かしたかのように、そして無理やり終わらせようとするかのように、珍しくよく雨梨が話す。
「雨梨ごめんな。ありがとう。」
「いいよ。気にしないで。奇龍、僕は奇龍の側にちゃんといるから。」
そう言って俺の胸の傷跡の上に頭を乗せてきた。
「雨梨…。俺もちゃんとお前の側にいるからな…!」
「ありがとう。いつも、ありがとう…。」
そう言って雨梨は目を閉じ、寝息をたてはじめた。
「こちらこそ、いつもありがとうな。おやすみ。」
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