第160話 とかくにこの世は住みにくく、損ばかりしてきた


 いや、だから日本は法治国家だよな。それは俺が元居た日本も、こちらの異世界旭川だって同じはずだろう。


 悪人を正しく裁くために裁判所があるんだろうが。悪人に裁判を受ける権利が無かったら最初から裁判所なんていらないじゃん。……あ、いや、俺は悪人じゃないぞ、念のため。


 なんだかんだいいつつ、俺たちは女子トイレから外に出た。そこで、俺は女子四人組のうちの三人に見張られて、その場に居させられた。もちろん、四人のうちの一人が交替で男子トイレに入って用事を済ませているのだ。


 これってちょっと納得いかないよな。男が女子トイレを利用することは絶対の禁忌みたいに思われているのに、女が男子トイレを利用することはままある。高速道路のパーキングエリアとか、女子トイレが過剰に混雑していて、女性が男子トイレに入り込んできたりするし。男がそんなことやったら犯罪者扱いされて捕まる。男にとってはとかくにこの世は住みにくい。……これは安詰め漱石の草枕だったか。


「ちょっとなんなの? せっかくの稽古中にまた赤良が問題起こしたの?」


 聞き慣れた声は女神の慈悲のように聞こえた。、呼ばれたのか、体育館の方からクロハが来たのだ。


 あ、いや、クロハは女神のように、ではなく、本当に女神だったか。


「ねえ、相撲部。この男の人、自分は相撲部監督だって言い張っているけど、女子トイレで怪しいことしていたのよ?」


 怪しいことなんかしていないぞ。掃除だぞ。立派な正当な行為だぞ。


「ああ、赤良ね。その人は本当に相撲部監督だよ」


 当然ではあるが、クロハは俺の身分を証言した。


「で、でも、相撲部監督というのが本当だとしても、だからといって痴漢行為をしないっていう保証は無いわよね? この人さっき、女子トイレで隠しカメラ仕掛けていたのよ」


 あくまでも俺を悪人に仕立てようとするのは、最初に女子トイレに入ってきた双子らしき二人組のうちの、目つきがちょっとキツい方だった。


 こういうのって、一度失った信頼を取り戻すのって、難しいというか、そういう努力をするだけ無駄というか。どうしても先入観を持ってしまうと、正しい見方すらできなくなってしまうものだ。俺の居た現実世界の日本でも先鋭化しすぎたフェミニストが男に対して過剰に嫌悪感を抱いて加害欲求を晒していたよなあ、と思い出す。


「まあしょうがねえな。俺も諦めたわ。もうちょっと日頃の行いが、今までよりも良ければ、信頼されたのかもしれないけどな。あるいは、俺が非モテじゃなくてイケメンだったら最初から好感度も高くて信頼されていたのかも」


 子どもの頃から無鉄砲で損ばかりしてきた、のは夏目漱石の小説の主人公だっただろうか。俺の場合は、子どもの頃から非イケメンで損ばかりしてきた。……なんかあるとつい文学的素養が出てしまうな、俺って。


「そういえばこの前、ホームセンターで、盗聴器とか隠しカメラを発見する探知機っていうのが売っているのを見て、そんなのあるんだー、って漠然と思ったのを思い出したよ。それを使えばいいんじゃない?」


 それを言い出したのは、双子らしき二人のうち、目つきが穏やかな方だ。双子の妹だろうか?


 ああ、そういえば、そんな物も今はホームセンターで売られている時代だったな。


 昔は、秋葉原がオタクの街たるハンザ同盟になる前に、電気機器の街だったことがあって、電気の街秋葉原のマニアックな店に行けば売っていたはず。


 懐かしいな、オタクの街になる以前の昔の秋葉原。高校の修学旅行の時に行ったっけ。その時にアダルトビデオのモザイク取り眼鏡、というのを買ったのが懐かしい思い出だ。


「そんな物あるんだ! じゃあ私、今からホームセンターに行って買ってくる!」


 そう言って飛び出したのは、後から女子トイレに入ってきた二人組のうちの一人だった。


 なんという行動力プラス経済力だろうか。


 当然の事ながら、そういった機器だって消費税率900パーセントが適用されるだろうから、俺の居た世界の標準的な値段の10倍ってことになるんだけどな。


 あ、それに、この体育館は空飛ぶ国技館として、都市艦からパージされて旅立つんだった。今のうちにホームセンターに行っておかないと必需品が揃わなくなってしまうのだ。


 盗聴器発見器が必需品なのか分からないけど。


「なんなんですか? また城崎監督が問題起こしているんですか?」


 後からやってきた佐藤恵水の発言だ。また、って何だよ。まるで俺が毎回問題ばかり起こしているみたいじゃないか。


 俺は元の世界で死んでこちらに転生して、そんなに経っていないんだぞ。


「おい、佐藤恵水部員、アンタ相撲部の部員だろうがよ。俺は監督なんだから、味方のはずじゃないか。監督を擁護しないで積極的にディスってどうするんだ?」


 それじゃあまるで、同じ国の総理大臣をディスって喜んでいる野党サヨク連中みたいじゃないかよ。俺は保守派愛国者なんだ。


 で、部員も含めて女子高生5人に囲まれているにもかかわらず、全然ハーレム感が無いなあ。それどころか盗撮犯の濡れ衣を着せられているわけで。これが人徳の無さか。非イケメンの業の深さよ。


 そうこうしている内に、女子生徒の一人が息を弾ませながらホームセンターから戻ってきた。隠しカメラ探知機を買ってきたらしい。消費税900パーセントのお値段なのに、そのお金は誰が出したんだろうか……まさかと思うが、後から俺に請求されるなんて最悪パターンは無いよな……無いよな?


 そして……


「変ですね。盗聴器や隠しカメラの反応はありません。……これ、探知機が不良品なんでしょうか?」


 いや、その結果の方が妥当だと思うぞ。ここで出てきたらコワいわ。


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