第143話 孤独のノマド
その時、遠くから声が聞こえた。
「おーい! 池内ぃ、門馬! この前、言っておいた社内昇級試験の申し込み、したのかぁー?」
それに反応したのが眼鏡小デブと長髪の細イケメンだった。
「まだですー!」
「昨日の爆発で、忙しくて、手続きするヒマが無かったですー!」
二人が叫び返す。……てか、こんな状況になってまで、社内昇級試験とか、そんな暢気なこと言っている場合なんだろうか? それとも、復興のためには、そういう地道な部分をしっかりやっていくのが重要ということだろうか? ……ま、そのへんは、先日入ったばかりの俺が賢しらにどうこう言っても始まらないか。
「あ、城崎さん、俺と門馬は、あっちで書類書かなくちゃいけないようなので、行ってきます」
小デブが眼鏡を暑苦しく煌めかせながら言った。つまり長身の眼鏡小デブは池内か。
二人が去ると、俺はまたぽつんと一人ぼっちになった。この場所には人は多くいるのだが、知り合いがいない。ほんと副工場長とかマネージャー、どこに行ったのか。
その時、今度はさっきよりも随分大きな声が室内に響いた。割れた声だった。
「えー、みなさん、おはようございます!」
声のした方に慌てて首を向けると、内田マネージャーが手に拡声器を持っていた。あの、逆三角形の形をしたラッパのような、暴走族の総長が能書きを垂れる時に使うようなアレだ。或いは中学校の体育の授業で体育教師が体操の指導をする時に使うヤツ。
……てか、拡声器で喋っているの、内田マネージャーだな。
「昨日の事件がありながら、みなさん、お集まりいただき、お疲れ様です! 怪我をされた方には、お見舞い申し上げます!」
……怪我をしているのに、来ている人なんて、いるのか? 怪我しているんだったら、こんな所に来ていないで病院に行って治療するべきじゃないのか? それとも、怪我していたとしても出て来なければならないほど、大事な用事でもあるんかよ?
「えー、みなさんご承知の通りですが、昨日、爆発事件が起きて、通常業務の継続が困難な状況です! で、今後の方針について、当社の大須賀取締役から説明がある、ということですので、みなさん、会場移動お願いします」
なんだ、ここでやるんじゃないのか? ……って、まあ、ここは言うなれば事務所だ。人が集まるに向く場所じゃない。今だって事務用の机や椅子が並んでいる隙間に人が集っている感じだし。
「場所は、ここから少し離れた場所にある、旭川西地区地域自治会館の、地下三階の大会議室です。開始時間は一時間後を予定しているので、みなさん速やかに移動ねがいます」
なんとも違和感のある説明だなあ。
俺は地理については良く分からない。だから、他の人について歩いて行けばいいだろう。
それはそうと、地域の自治会館なんかに、地下とか普通あるか?
ああ、でも、ここは普通の旭川市ではなく、都市艦だから、あるのか。
製粉工場自体が、旭川西魔法学園の地下にある。
会館自体も、ここから近いということは恐らく地下に基本フロアがあるんだろう。そして、二階、三階と上方向に展開するのではなく、地下一階、地下二階、というふうに艦の下層階の方に建物の部屋が伸びているということか。
そう考えると、現実の旭川と都市艦との差異から考えると、ここはマジで異世界なんだな。
内田マネージャーの拡声器の声が消えると、民族大移動が始まった。
この場に居る人々が順次、会館の会議室へと移るのだ。
場所が分からない俺は、迷わないように、人の波の中に紛れて移動するしかない。誰かに聞こうにも、知り合いがいない。内田マネージャーは忙しそうだし、ついさっき話した若手社員の小デブ眼鏡と長髪イケメンの池内クンと門馬クンもどこかへ行ったきり姿が見えない。
この場に居るのは何人くらいなのだろうか。人々はやや疲れの見える元気の無い足取りで、事務所を出て、艦内の地下道路を歩く。艦内といっても、自動車が走れる普通の舗装道路で、歩道もある。俺だって例の青い車に乗ってこの道を走ったしな。
知り合い同士は何人かで固まって雑談をしながら歩いている。が、俺のようにおひとり様でとぼとぼ進んでいる人もいるようだ。男性だけではなく女性もいる。スーツ姿の営業マンっぽい人もいるけど、汚れた作業服姿の人もいる。あれって昨日の爆発に巻き込まれたけど生存した人だろうか?
艦内の照明は、本来なら普通のトンネルよりはちょっと明るいくらいが確保されていたのだが、昨日の爆発事故の影響だろうか、いくつかの照明は点灯していなかった。だから少し暗い。
まるでガス室に連行されるユダヤ人の気分、と言ったら不謹慎だって怒られてしまうだろうが、自分の仕事場が破壊されて善後策の打ち合わせのために向かっているのだ。敗残兵のような重い足取りになるのは致し方ないだろう。
あ、思い出した。そういえば、俺が乗るはずのフォークリフトって、どうなっているのだろうか?
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