第141話 工場再開の道
事務所内を見回してみると、そんなに変わった様子は無いようだ。
「ひどい爆発だったはずですけど、この事務所は無事だったんですね」
「いや、そんなことは無いですよ。ファイルを収蔵している棚のガラスが割れたりしているし」
内田マネージャーは棚の方を指さした。あー確かにガラスが割れていて、全部落ちてなくなっている。だからぱっと見ただけでは気づかなかったのか。
「これでも、この事務所の内部と、出入りするところくらいは、あの後残っていて無事だった社員で夜通し片づけたんですよ」
……そ、そうか。俺はそれを手伝っていなくて、申し訳ないような気がする。とはいっても、俺だって決してラクしていたわけじゃない。魔族を捕らえて、東神楽町と丁々発止やって、といった感じで大変だったんだから。
……んで、今の内田さんの言葉から、不穏な要素を感じるんですが。
「無事だった社員で片づけをしたってことは、ぶ、……無事じゃなかった人もいるんですよね?」
内田さんは表情を曇らせて少し俯いた。
「鈴木副工場長は重傷を負って、救出はされた後で病院に収容された……他にも怪我人は出ていて、何人くらいいるのか、よく分からないんですよね」
ありゃりゃ。上司が怪我で入院してしまった。
でも、あれだけの猛烈な爆発だ。まったく怪我人が出ないというほど、都合良くは行かないだろうな。
付き合いは短いとはいえ、知り合いが入院したとなると、心配ではある。
「でも、そんなにたくさん怪我人が出たのに、工場って稼働できるんですか?」
内田マネージャーは弱々しく首を横に振った。
「そんなの無理ですよ。残った社員で片づけたって言っても、この事務所と、出入り口の所だけです。工場内は無茶苦茶なままです。そもそも現場検証もまだなので、勝手に片づけるわけにもいかないし」
そっか。昨日は脱出できなくなった人を助けて病院に運ぶだけでいっぱいいっぱいだったのか。確かにそりゃそうだろうな。
工場が大丈夫かどうか心配していたけど、やっぱりダメだったか。
でも、工場が稼働できないってことは、俺、ここに来ても意味無かったよな、やっぱ。
それに、工場が無くなったら俺、仕事できなくなっちゃうじゃん。無職になっちゃうじゃん。そりゃ、旭川西魔法学園の相撲部監督という職業はあるけど、それってそもそも学校や相撲部に雇われているのでもなく給料をもらっているのでもなく、単なる名誉職みたいなもんだよなあ。名誉なんてこれっぽっちも無いけど。
「……じゃあ、俺、どうすればいいですかね。現場検証が終わるまでは待機ですか?」
昨日の夜は片づけに参加できなかったけど、今日は工場の片づけってことになるだろうな。現場検証にどれくらい時間かかるか分からないけど。
って、そもそも、この爆発が魔族のテロによる粉塵爆発だってこと、分かっているのかな?
俺らは、犯人の魔族の自白を聞いたから爆発の真相も知っているわけだけど。
その魔族はもう東神楽町に奪われて行ってしまったから、これ以上供述を聞くことはできないけど。
「それなんですけど、現場検証が行われている間に、市役所から偉い人が来て、なんか大事な説明があるらしくて」
俺は目をすっと細めた。
来たか。
市役所から偉い人が来て、重大発表らしい。
ってことは、やはり、この工場で製造していたのは、単なるラーメンの麺じゃなかった、ってことか。魔族がここを襲ったのは、魔族的な観点からいうと正しかったのか。
俺と内田マネージャーが会話している間にも、次々と工場勤務の社員が出社してくる。中には包帯を巻いている痛々しい姿の人もいる。怪我しているんなら休めばいいのに。
といっても俺は先日入社したばかりで、社員の名前と顔が一致していない。知っている人は内田マネージャーと鈴木副工場長くらいだったけど、その鈴木副工場長が重傷で入院というのは、改めてショックでかいな。せめて亀山マネージャーが去らずに居てくれたら頼もしかったのに。
「なあ、大須賀さんが来るって、本当かな?」
「本当らしいぞ」
社員同士の会話を、俺は小耳に挟んだ。
なんとなく気になって、そちらに意識を向けた。話し合っているのは、恐らく二人とも二十代であろうと思われる若い男性社員だった。一人は眼鏡をかけた長身で小太り体形だ。もう一人は痩せていて、ちょっと長髪気味のイケメンだ。
「あのテレビでよく見る大須賀って、この工場の株主で、監査役かなんかで役員らしいぞ」
「マジで? この工場って、そんな有名な人が関わるくらいスゴイの?」
イケメンが驚いていた。……同時に俺も驚いていますよ。
テレビに出るくらい有名な人が株主で役員になるくらい重要な工場。それはとりもなおさず、この工場が単なる製麺工場ではないという証左となるだろう。
そして。
……テレビに出る、大須賀?
誰だ?
……なんというか、心当たりがありすぎるんだけど。
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