第140話 社畜以外立ち入り禁止


 俺は床の上に仰向けに寝っ転がった。天井を見上げる。


 この一軒家、電気設備は古いタイプらしく、天井の蛍光灯からぶら下がっている長いヒモを引っ張って明かりをつける様式だった。さっき、引っ張って明かりを点けたばかりなので、ヒモはまだ空中で小さくブラブラと揺れていた。


「分からんなあ。まあ、せっかく寝っ転がっているんだし、腹筋でもやってみるか」


 頭の後ろで両手を組んだ。そして、1、2、3、4、とテンポ良く上体を起こして、また仰向けになる、の繰り返し。


 普段から俺は筋トレは実施していた。もちろん基本的な腹筋もやっていた。だから、10回くらいは、さほど苦でもない。


 が。10回までやって寝ころんで、11回目が起き上がれない。


「違うよなあ。筋トレをしても筋肉が強くなるだけで、魔法を使えるようになるわけじゃない」


 寝っ転がったまま、頭の後ろの両腕を解いて、胸の上で腕組みをした。後頭部に直に感じる床の固い感触が、超越すべき壁の固さを象徴しているかのようだった。


 魔法。そもそも何だろう?


 魔貫光殺砲のような技を繰り出しているから、体内の気を練り上げているとも考えられる。でも、気を高める修業っていったら、やはり体を鍛えることじゃなのか。


 でもそれだったら、アスリートの男とか、狩人の男なんかは魔法を使えるようになるんじゃないのか?


 こちらの世界の歴史によると、男は体力に優れるから狩猟を行い、体力で劣る女は呪術的な部分を担った、というのが魔法の始まりらしい。体力と逆じゃん。


 呪術。


 でも待てよ。


 女が呪術的な部分を担ったのは、体力で劣ることだけが理由ではなかったはずだ。


 女は子供を産むことができる。これは、原始時代においては神秘的なことだったはずだ。当時の女性裸像の写真を世界史の教科書とか便覧で見た記憶がある。胸とかお尻とかいった性的な部分が強調されていた。現代日本のヒステリックなラジカルフェミニストが必死にバッシングするエロティックというよりは、古代人たちはそこに神秘を見いだしていたんだろうなあというのが窺える感じがした。


 分からない。


 目を閉じる。


 目蓋の裏の闇が見える。


 それ以外は何も見えない。


 俺の先行きも見えない。


 どうすりゃいいんだ……


 いい考えが及ばぬ中、堂々巡りを繰り返している内に、疲れて体の力が抜けてしまった。


 ……気が付いたら、朝になっていた。


 布団にも入らず、そのまま床で眠ってしまったらしい。


 結局、名案は浮かばなかった。


 俺はどうすれば魔法を使えるようになるのだろう?


 ……だが、それを考えるのは、後回しにしよう。


 朝になったからには、仕事に行かなければ。


 こうして毎日、条件反射的に仕事に行こうとするのは、勤め人として染みついた習い性とでもいうべきか。どこか哀しい。


 さっさと準備しなければ。


 今朝は車で行くというわけにもいかないだろうから、徒歩だろう。つまり早めに出なければならない。


 ……いやでも、昨日の粉塵爆発で、工場があんなことになってしまって、俺の働く場所ってあるのだろうか?


 いやまあ、それを確かめるためにも、行かなければならないな。


 顔を洗って準備をしながらも、自分のおかれている状況を振り返る。こんな状況で仕事場に行く、という勤め人根性。情けないようで、逞しくもある。


 アレだ。大きな台風が来ることが分かっていて、今、出社したら帰る時には電車も他の交通機関も止まってしまって、帰宅難民になることは自明の理なのに、それなのに出社する人と同じなのだろう。


 会社への忠誠心といえば聞こえは良かろう。それこそ忠臣蔵の時代だったら美談としてもてはやされたかもしれない。


 でもなあ。そこまでしてまで出社しなければならないって、どうなのよ。忠誠心という美名のもと、会社に束縛されて奴隷労働させられているだけじゃないか。


 工場が魔族のテロで破壊されても、俺は工場に行く。


 まあ、散乱した現場の後かたづけ要員は必要だろうな。その過程で倉庫の荷物を移動するためのフォークリフト乗りも必要になるかも。


 旭川西魔法学園の地下、製麺工場に着いた。


 事務所の入口の周辺には、立ち入り禁止の黄色いテープが張り巡らされていた。


「ま、そうだよな」


 でもまあ、こういうのって、関係者以外立ち入り禁止ってことだ。俺、関係者。


 180センチの身長を屈めてテープの下をくぐり、工場の敷地の内側に入った。扉を開けて事務所の中に入る。鍵は掛かっていない。


「おはようございまーす」


「お、城崎さん、おはよう」


 施錠されていなかったのは、既に来ている人がいるからだった。快活な声で挨拶を返してくれたのは内田さんだ。マネージャーの内田快斗さん。


「……あ、そういえば城崎さんは昨日の爆発の時は上の学校に行っていたんでしたっけ? じゃあ大丈夫だったんですよね?」


「はい。おかげさまで」


「俺は、瓦礫で脱出の経路が塞がれてしまって、やべーな、ってなったんですけど、たぶん誰か女性だと思うんだけど、上から魔法で瓦礫を貫通して穴を開けてくれたんですよ。それで、閉じ込められていた人みんなが脱出できて。いやあ、助かった助かった」


 ……魔貫光殺砲、マジで人助けしたってことかよ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る