第138話 無駄な努力の多い人生を歩んできました


 魔法。


 俺が生きていた現実世界では単なるオカルトであり、フィクションの中以外では、そんな物は存在しなかった。


 だが、転生したからには、やはり魔法を使いたい。


 でも、男は魔法を使えるんか? 使えないのか? どっちだよ?


「魔法は、その人が持つ素質が大事です。素質がなければ使えません」


 恵水の台詞にうなずいた俺だったが、いや、今、頷いたのをキャンセルしたいよ。待てよ、それ。素質が大事って、そんなのたいていのことで当たり前じゃないかな。


 たとえば、相撲部屋に入門して相撲取りになりたい、と思ったとしても、まずある程度の体の大きさが無いと新弟子検査で落とされてしまうはずだ。あー、もしかしたら今はそういう基準は撤廃されていたりするのかな。最近の詳しい角界の事情に通じているわけじゃないけど。


 まず、相撲にせよ何にせよ、何かをやろうと思っても、それに相応しい体格というところから才能の差は始まっている。ピアニストになりたいと思ったら指が長い方が有利だし、バスケットボールやバレーボール選手になりたければ背が高い方が圧倒的に有利だ。逆に競馬のジョッキーになろうと思ったら、体が大きすぎるとかえって駄目だ。


「その、素質があるかどうかを調べるには、どうしたらいいんだよ」


「そんな手っ取り早い方法は残念ながら無い、ということです」


 じゃあ、魔法を使えるか使えないかどうかすら分かる方法が無いっていうことなのか。


「じゃあ、俺が魔法を使えるかどうか不透明なのに、俺に魔法を使えるようになれ、って言っているわけかよ」


「才能が開花するかどうかなんて、まずはやってみて努力してみないと分からないですよね。一生懸命練習して、それでも駄目だったら、やっぱり才能が無かったんだな、って分かるものだと思います。だから私たちだって、魔法学園で魔法の勉強をしているんです」


 ……なるほど。言われてみればそうか。


 学生が魔法を学ぶ中で素質のある者が分かっていくということか。それは一理あるかも。現実世界だって、若者を学校に集まって勉強をさせて、国を担う人材として最低限の学問を身につけさせつつ、その中で優秀な学力を持った者が抜け出ていって、才能を発揮するようにしていく。そういうものだ。


 才能があるかどうかは、やってみなければ分からない。


 だから俺も、魔法の才能があるかどうか分からないので、練習しろ、ということか。


「一般的には、女の方が男よりも魔法という意味では圧倒的に素質を持っている確率は高いのですけど」


 つまり俺は、最初から分の悪い賭けをしろっていうことだ。


 世知辛いな。


「それでもやっぱり、戦力としては、相撲だけではなく魔法も使えないと厳しいですので、魔法を取得してほしいです。あとは、監督が、やるか、やらないか。それだけだと思います」


 俺、監督なのに。教え子に二択を突きつけられましたよ。


 やるか。やらないか。


 やったとして、マスターできる可能性は最初から低いという。それは俺が男だから。なんちゅう性差別の世界なんだ。


 でも、やらなかったら、ずっと魔法は使えないまま。でも、魔法を使えないからといって、魔族との決戦で俺が厳しい戦いを免除されるだろうか? いや、そうは都合良く行かないだろうなあ。


 ついつい中学高校の国語の時間に習った反語表現を使ってしまったわ。


 しかしだよ。教え子に、「やるか、やらないか」と煽りセリフを吐かれて、監督として黙っていられるか? いや、黙っていられない。あ、また……つい教養が漏れてしまう。


 どうせ戦力に組み込まれてしまうのなら、俺自身が生き残るために、クロハ、恵水、二階堂さん、を守るために、そして旭川を守るために、異世界ではあるけど日本の国土を回復するために、俺は少しでも強くなりたい。


 魔法を習得できれば、夢のハワイアン大王波も出せるようになるかもしんないし。


 努力が無駄になるかも、という思いが俺の脳裏を一瞬過ぎる。


 でも俺は過去に、盛大な無駄な努力をしたじゃないか。


 一つ目は、公園でのハワイアン大王波の練習。あれだけ一生懸命練習して、近所の買い物帰りの主婦の皆様に生暖かい目とくすくす笑いで見られて、その結果が、やっぱり撃てませんでした、だったんだぞ。


 無駄な努力に終わってしまったことは、もう一つあるので忘れてはいけない。それは受験勉強だ。大学を目指し俺は勉強に打ち込んだ。俺の通った旭川西高校は旭川市内でもそこそこ進学率のよい公立の進学校だった。いわゆる高校生活における青春というものは、俺はあえて捨てていた。どうせモテないし。だったら勉強を頑張って少しでも偏差値の高い大学に入り込んでカーストの一発逆転を目指したいと思っていたんだ。……その結果は、お察しだ。せめて滑り止めの大学だけでも受かっていれば、受験勉強も無駄ではなかったと言えるんだけど、枕を並べて討ち死に、という言葉がぴったりな通りの全滅だった。


 やってやる!


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