第137話 大政翼賛会発動
来る。きっと来る。
近隣市町村から。
何が?
いや、近隣市町村、そのものが来るのだ。
今の旭川市は、魔族のテロ攻撃でダメージを受けて弱っている、ていのいいカモだからな。
なお、旭川市は北海道のやや北寄りの中央に位置している。なので、隣接している市町村も多いのだ。東神楽町の他にも、東川町、当麻町、美瑛町、深川市、幌加内町、和寒町、比布町などがある。……他にもいくつかあったような気がするが、咄嗟には思い出せない。
思い出せる限りでも東神楽以外で7つの市と町がある。それらが寄ってたかって旭川に対して恩着せがましく協力を申し出てきたら、と思うと、確かにウンザリするな。
そうなる前に旭川自身だけで自体を解決したい、と思うのも分かるような気がする。
でも、いいのか?
旭川単独でどうこうするとか言って。
これって、日本全国の市町村と歩調を合わせて、両国国技館奪還を目指すんじゃないのか?
まあそうは言っても、俺は日本の幹部でもなんでもない一般の低賃金労働者だからな。日本の国家の具体的な方向性を決める権限なんて無い。……もし俺にそんな権限があったら、東京オリンピックを招致するにしても、あんなグダグダではなく、もっとマシな形で招致しておりますわ。
なんの権限も無い俺が心配したって仕方ないか。
俺は俺で、明日からまた普通に働いて飯を食っていけることを気にするべきか。
「帰るとは言うけど、クロハは大丈夫なのか? さっき魔法を使って体力を消耗しているんじゃないのか?」
「それは、私が負ぶって連れて帰りますから大丈夫です」
即答したのは二階堂さんだった。出会ったばかりなのに頼もしい限りだ。さすが霊長類最強。
「それじゃ、クロハの方は二階堂さんに任せるかな。俺は、恵水を送って帰るかな」
あくまでも善意で、俺は佐藤恵水を送ることを申し出た。完全に夜だからな。星の無い夜空だし、ひんやりした夜風なんて物も無く、単にまとわりつくような蒸し暑さと滲む汗が不快なだけの海域の夜だけど。
「いえ、お断りします。この状況での送るってのは、いわゆる送りオオカミってやつですよね?」
待てや恵水。この期に及んでまだ俺のことを信用しねえっていうのか。
そりゃ確かに俺はアラフォーオッサンで、年は取っても性欲も脂っこいものを食べる食欲も、伝説の睡眠欲も衰えてはいない。
だけど、今や相撲部の教え子を襲うような見境の無さは、持ち合わせていないぞ。
男は必ず女に対して襲いたい性欲を持っているなんて、フロイト先生にかぶれすぎた思考なんじゃねえのか。
俺にだって選ぶ権利はあるっていうの。それこそ、藤峰子みたいなセクシーでグラマラスな女性に積極的に迫られる方が、俺的には理想だぞな。小娘を襲うのはなんというかイデオロギーに反してアレルギー反応が起きそうだ。
「私は一人でも帰れます。都市艦だから治安は良いんです。逃げ場所は無いですから。私を送るよりも、城崎監督には明日までに考えておいてほしいことがあるんです」
学生時代以来じゃないか。宿題なんて。
「考えておいてほしいこと。それは、城崎監督も魔法が使えるようになる方法、です」
何をおっしゃる白鷺さん。……というかそもそも魔法なんて、俺が使いたいよ。ハワイアン大王波を撃ちたいよ。
できるなら、そもそも苦労しねえよ。
「城崎監督が、実際に相撲を取ってもある程度強いことは分かりました。指導者として優れていることも理解しましたので、そこは信頼しています。でも、どうも魔族との戦いの流れの中では、旭川市の置かれている状況が悪化しているみたいです。そうなると、私たち相撲部員も戦わなければならないでしょう」
いつもより低い声で、恵水が言う。
おいおい。クロハだけではなく、恵水も、なんというか意識高い系か?
なんというか国民皆兵というか富国強兵というか、大政翼賛会発動というか。そういう、みんなが心を一つにして戦争に向かおう、という情熱は、ヤバい方向性じゃないの?
……と、いわゆる平和ボケした現代日本出身の俺は思うわけだが。
でもこちらの日本は、実際に魔族に国土を占拠されていて都市艦に避難しているわけだから、戦う意識が高いのもやむを得ないのだろうか。
「しかし、単に相撲が強いだけでは、魔族と戦う上では、やっぱり不十分と言わざるを得ません。魔法を使えるようになってくれて、初めて一人前と言えます」
あー、いつの間にか俺も戦力の歯車として組み込まれてしまっているのですが。
しかも、魔法を使えないことによって、教え子である恵水にも半人前扱いされちゃっているんですけど。
非モテだとかオタクだとかキモいだとか、ディスられることには慣れているから、この程度言われただけで腹を立てたりはしませんが。
でも、俺が魔法を使える可能性があるのか? こっちの世界の魔法って、男は狩りで女は呪術で、という由来だから、女だけじゃなかったのか?
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