第136話 近隣市町村が押し寄せる


 ひんやり……


 俺よりも随分体温が低いのか、握手してみるとヴェガさんの肌の冷たさが印象的だった。あるいは、魔法を使って東神楽の都市艦から旭川の都市艦まで飛翔して来たから、そこで消耗したから体温も下がっているのかもしれない。


 暗い中ではあるが、こうして間近で見ると、普通に小柄でかわいらしい女子高生だ。そんなかわいい女子高生と握手をする機会なんて、アラフォーオッサンには存在しないので、今は貴重なレアケースだ。


 そういう意味では、俺はちょっとだけドキドキしている。ドキドキしているってことは、測ったわけではないけど自ずと体温も上昇していると思われ。体温高い俺と体温低いヴェガさんの対比ということで、なおさら冷たく感じるんだろうな。


「せんぱーい! 旭川の四人の方全員に挨拶終わりましたぁ。それじゃあ帰りましょうか」


 キラキラネームの琴座さんはキラキラした瞳でナツカゼに報告した。四人全員ということは、二階堂さん、俺、恵水、クロハだ。恵水はともかく、クロハは東神楽町に対して激しく反発していたけど、結局握手したのだろうか。おそらく、琴座さんのキラキラしたフレンドリーパワーに押し切られた、といったところなのだろう。


「ヴェガの挨拶も済んだということで、それではみなさま、ごきげんよう。ヴェガ、さっさとわたくしの背中におぶさってください」


「はーい! じゃあ、旭川のみんな、バイバイ!」


 ナツカゼの首に琴座さんが後ろから手を回して背中に乗る。ナツカゼは両手で魔族の梅風軒さんを縛られたまま抱える。


「東神楽に栄光あれ。飛翔! 朝日よりも早き曙光!」


 ナツカゼが叫んだのは何の呪文なのか分からないが、魔法が発動して、前後に人を抱えたナツカゼの体が神社の境内から空中に浮き上がった。


 俺が子どもの頃に見ていたアニメに出てくる超戦士たちが空を飛ぶシーンを再現しているかのようだった。夜の闇を切り裂くかのようにして、三人は東に飛んでいってあっというまに姿が消えた。空を切り裂く勢いのせいか、常にかかっている靄が一瞬切れ間のように晴れて、いくつか星が見えた。


「ふう。嵐は去った、というよりは、本当の嵐が来る前哨戦みたいなものだったわね」


 クロハがため息とともに緊張を解いた。


 俺も、二階堂さんも恵水も、闖入者がさったことにより肩に入っていた力を抜いた。


 今更ながら。


 疲労感と徒労感とがない交ぜになった感情と肉体的な疲れが、俺に飛来して覆い被さって重くのしかかる。


「それにしても、……がっかりだわ。赤良が私たちの味方をせずに、東神楽の味方をするなんて」


 吐き捨てるように、クロハが夜空に向かって悪態をついた。今はもう、靄の切れ間は埋まってしまっていて、星は見えなくなっている。旭川の都市艦がこのへんに居る限り、ずっと夜空に星が見えない状態なのだろうか。靄に包まれた海域ではなく、もっと晴れる場所に行けばいいのに、と思う。が、それだと敵に発見されてしまいやすいのかな。


 靄の中に隠れていても、魔族に見つかって侵入を許してしまったけど。


「ねえ、赤良。やっぱり魔族をあいつら東神楽に渡してしまったのは、まずかったんじゃないの? あれって、なんだかんだ言っていたけど、旭川の情報を引き出すのに利用される可能性が一番高そうじゃない?」


「情報?」


 そこまで危惧することだろうか。東神楽に対して敏感になりすぎて、クロハの被害妄想が暴発しているようにも思える。


「そうよ。旭川の地下製麺工場で準備していたものが爆破されたとか。そういった情報が東神楽に筒抜けになってしまうじゃない。そうなると、旭川と東神楽の市長町長とかそういったトップレベルの交渉で不利な材料になるんじゃないの?」


 そ、そこまでは俺は責任を負えないな。


 魔族に侵入されたのは旭川の都市艦としての不手際だろう。俺のせいにされても困る。俺が手引きしたわけじゃないから。彼女が魔族だとか敵だとか知らないで青い車に乗っただけだから。なんか、声に出して言ったら震え声になってしまいそうだ。今でも内太腿がなんかガクガク震えているし。


「でも、魔族に侵入されて工場を爆破されて、しかも東神楽町にその窮状を知られてしまって、これから不利な交渉を持ちかけられるのは目に見えていて。この状況だと、もう旭川としては一発逆転を狙った反転攻勢に出るしかないわね」


 両足を肩幅に開いて直立したクロハは、腰に手を当てて偉そうに戦略眼を語った。アンタ、魔封波で魔法を使って消耗していたじゃん。もう大丈夫のかよ。


「……でもまあ、今日のところはもう家に帰りましょう。もうこれ以上、他の魔族が来たり都市艦から挑発に来たりはしないだろうと思うから。思いたいから」


 ……なんとも不吉なクロハのお言葉だ。


 旭川の窮状を嗅ぎつけたら、近隣の市町村が旭川に対して優位な条件で協力を持ちかけて押し寄せて来るってのが既定路線なのかよ? 世知辛くてイヤな話だなあ。


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