第125話 NTR


 俺は東神楽町の歴史なんて詳しくは知らない。


 だが、言われてみれば確かに、旭川市の東部、というか厳密には南東部あたりになるのかな、とにかくその辺りには神楽地区というのがある。市の東側にあるのに、西神楽と呼ばれていて、そういう名前の駅もある。


 そして、その西神楽に隣接するような形で、東神楽町がある。


 なるほど。普通に考えれば、昔は東神楽と西神楽は元々は神楽という一つの集落だったのかな。


「昔、神楽は一つの村でした。そこから東神楽が分村しました。東神楽はその後、東神楽町になりました。ですが、残った神楽の方は、独立を保つことができず、旭川市に吸収合併されてしまい、旭川市の西神楽になってしまいました。これは、東神楽視点から見た場合、西神楽を寝取られてしまったようなものです」


 おっと。ここにきてNTR展開が来たぞ。人間の話ではなく、自治体というか、それ未満の集落単位ではあるけど。


「かつて、平成の市町村大合併という動きがありました。本来ならばその時、東神楽と西神楽がよりを戻して一つの神楽になる、というのが正しき道のはずでした。それなのに、既に旭川とくっついてしまっていて、それが叶わなかったのです。こんなことが許されるでしょうか?」


 巫女姿の女子高生が力説する。というかそもそも、相撲取りなのに、なんで巫女姿なんだ。和風という部分しか合っていないぞ。どうせならレオタードにまわし姿で登場してみろってもんだ。


「なあ、そうは言うけどさ、アキカゼさんの話によれば、東神楽は元々一つの神楽から分離独立したんだろ? だったら別れた後の西神楽がどう行動しようと口出しする身分じゃないんじゃないのか?」


「失礼なオッサンですね。わたくしの名前は夏風です。間違えないでください」


 ふっ。わざと失礼なように間違えて言ってやったんだ。


「そこには歴史の流れというものがあるのです。分村した当時は、それぞれの集落の自治独立が尊重されていた時代なのです。だから、神楽に限らず他の自治体でも、分村による独立が多々ありました。人口もどんどん増えている時代でしたので、分村したとしてもそこから更なる発展が望めました。地域の違いを汲み取ったきめ細かな行政サービスを実施するための分村だったのです。ですが今、日本全体で人口は減少傾向に転落していて、小さな自治体ではやっていけなくなりつつあります。だからこそ平成の市町村大合併があったのです」


「ふーん。それで西神楽を返せ、ってか」


 まさか、異世界に転生してまで、平成日本の人口減少問題につきあわされるとは思っていなかったわ。


「平成の市町村合併があった結果をご存知ですよね? 大きな市のような自治体と、小さな町や村のような自治体が合併した場合、必ず、吸収合併という形になってしまいます。小さい町や村は、大きい市とくっついて依存して恩恵を被ることを期待していたはずですが、実際には小さな町村中心部の繁栄がなくなり、行政サービスがきめ細かさがなくなり、ただ単に大きな市の中心部に若い人材を中心とした活力を吸い取られてしまうだけの結果になりました。残るのは年寄りばかりです」


 まあそれは、仮に合併していなかったとしても似たような末路だったろうけどな。北海道の田舎の小さな町村に若者が残るメリットなんて何も無いし。それこそ小さな自治体だったら高校すら無い。あった高校だって生徒数減少を理由にどんどん廃校になっている。スクールアイドルで盛り上げて入学者数が増えれば存続とか、戦車道で優勝すれば廃校阻止とか、そういう展開すら無いのだ、現実には。


「今、西神楽地区は、単なる旭川市の末端の一部として、何の個性も輝きも無く埋没してしまっています。その西神楽に輝きを取り戻させることができるのは、我々東神楽だけなのです」


 おいおい。さらっと西神楽に対して上から目線でとても失礼なことを言っているんじゃないのか? 西神楽出身の人が聞いたら怒るぞきっと。


「たとえ小さくて人口が少なくても、独立した自治体であれば、たとえば民放ラジオの平日昼間ワイド番組などで、その自治体の特産品を紹介してもらったり、観光地や魅力を紹介してもらえたりします。大きな市と合併してしまうと、そういう魅力も全部市の中心部の功績として横取りされてしまうのですよ」


 夏風さんは両手を大きく横に広げて熱弁する。巫女衣装なので、広くゆったりと膨らんだ袖が、灯籠の朧気な明かりの中で優雅に揺れる。


「独立した自治体であれば、ふるさと納税に対して独自色を出した返礼品を出して、多くのふるさと納税を集めることもできるんですよ。上士幌町のような成功例をご存知ありませんか」


 上士幌町というと、北海道東部の十勝地方の内陸の町だ。酪農くらいしか産業なんて無いはずだけど、ふるさと納税の返礼品が人気で頑張っているらしい。


「それに比べて、旭川市のふるさと納税の返礼品が何であるか、ご存知ですか?」


 なんだったっけ?


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