第94話 捲土重来
「というわけで、あふれ出る魔族の勢いを止めることができず、両国国技館も完全破壊され、日本は完全に魔族に蹂躙されてしまった、ということよ」
……重い話になったな。
太平洋戦争で北アメリカルーズヴェルト帝国に蹂躙されて日本全土が焦土と化してしまった歴史の再現みたいなもんじゃないか。
歴史は繰り返す、というアレか。
「日本は魔族の天国となってしまった。人間は全員、日本の国土から逃げ出した。だから、今の日本には、魔族しか住んでいないのよね。魔族の手から日本を取り戻さなければ」
……ええと、なんだって? ソビエト連邦共産帝国から北方領土を取り戻すぞ、という話を拡大したみたいな、架空戦記小説とかによくありそうな展開じゃないかな。
でもちょっと待てよ。
じゃあ、俺が今現在、居る場所は、どこなんだ?
北海道旭川市だよな?
地下製麺工場なんかはともかく、基本的には見慣れた町並み。市街地の真ん中を石狩川が貫流している。石狩川だけではなく、小さい河川も多くあって、橋も多い。周囲は大雪山の遠景に抱かれたロケーション。……今は曇り空のせいで遠くの山は見えないけど。
夏はそれなりに暑くて30度を超える日が何日も続くことも珍しくない。冬はとにかく厳しく寒い。そんな、旭川。
「ここって、北海道旭川市、だよな?」
「旭川よ」
俺の問いに、クロハは短く答えた。
「北海道ではないわ」
人は一人では生きて行けない。だから、所属、というものがある。
俺は城崎赤良。日本人だ。もっと大きな視点でいえば地球人だ。残念ながら戦闘民族星人じゃないからハワイアン大王波は撃てないけど。
地球人や日本人であると同時に、北海道民であり、旭川市民だ。
日本という国や北海道という地、旭川という街、それぞれに思い入れがあり、帰属意識がある。愛郷心がある。
日本の、北海道の、旭川。俺はこの街で生まれ育ち、西高校まで出て、Uターンを果たして戻ってきた。……まあそこから、トラックにひかれて異世界旭川に来ちゃったけど。
その異世界で。
日本は魔族に蹂躙されてしまった、という。ここは、俺が知っている旭川とは微妙に違うものの、やっぱり旭川であることには違いない。だから愛着も湧く。
……だから、結局どういうことなんだ?
旭川、一見した感じでは、魔族に占領されているような感じじゃないよな? 火事が発生すれば通報すれば救急車や消防車が来てくれる。消防隊員も普通の人間のはずだ。
俺の場合は、魔族と人間の容姿的な差異がどこにあるのか知らないけど。
「なんなの? 赤良、まだ理解できていないの? これだけ懇切丁寧に説明しているのに?」
説明の内容が突飛すぎてついて行けないんだよ。
「だから、何回も繰り返し言っているけど、日本は魔族に占領されたの。もちろん北海道も。旭川も。全部。人間は全部日本から追い出されてしまったのよ」
「でも、俺ら今、旭川に居るよね?」
「そうよ。ここは旭川よ。でも、日本の北海道の旭川じゃないから、くれぐれも間違えないようにね。
じゃあどこの旭川だよ? 異世界の旭川、という答えは、今回はナシの方向で。
「日本の国土は全て魔族のものなのよ。だから、日本から退避した日本人は、船の上に都市を作って生活しながら、捲土重来の機会を待っているのよ」
けんどちょうらい、なんて、高校生なのによくそんな難しい言葉知っていたな。……じゃなくて。
船、だと? マジで小松左京のSF小説的な展開になってきたんじゃねーか。
「日本が魔族に占領されて、日本に居られなくなったのよ? 追い出された日本人全員がどこかの外国に住むわけにはいかないでしょ?」
あっ、それ、俺が元の旭川にいた頃にもニュースで話題になっていた難民受け入れがどうこうという問題だな。あれは、日本国外から来た難民を日本が受け容れるかどうか、という話だったはず。逆に、日本人が難民になる、なんてケースは想定しなかったな。
いくら少子化で人口減少気味とはいえ、いまだに一億人以上の巨大な人口を擁する日本の難民を受け容れてくれる国は、まあ無いだろうな。
「そこで日本人たちは、それぞれの自治体ごとに、船を用意して、その上に都市を再建させたのよね。だから船は都市艦と呼ばれているわね。ほら、よくSF小説なんかで、東京湾に浮いている学園都市を建設してそこに超能力者を集めて、みたいな話があるでしょ。その学園都市が、船としてゆっくりだけど移動できるから、都市艦」
……なんか、それよりも、戦車擬人化アニメに登場した学園艦の都市版、みたいな感じじゃないかな。
「じゃあ、今、俺たちは、巨大な船の上に乗っているってこと?」
「そうよ。何回もそうだって言っているじゃないのよ」
異世界の荒唐無稽さも、ここに極まれりという感じだな。船の上だっていうのに、石狩川まで再現しているんだぜ。
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