第79話 女子高生ウメさんの肉体の品定め

 土俵上に女子高生の荒い吐息が乱舞する。その熱気がプレハブ内を暑くして冷蔵庫内のアイスクリームすら溶かしてしまいそうな勢いだ。


 クロハと恵水、双方が積極的に攻めようとして、取ったまわしを引きつける。相手の腰が浮く。でも自分も相手にまわしを引かれていて引きつけられているので、腰が伸びて上体が起きてしまう。


 二人がお互いに、レオタードに包まれた胸と胸を付き合わせるような格好になった。ほら、やっぱり。


 でも、こうなると、あまり工夫のしようが無いので、単純に体が大きくて体力のある方が優位なわけで。


 と、思っていたら、じわじわとクロハが前に出た。つまり恵水がジリ貧で後ろにさがる。


 あー。ちゃんと足の裏で踏ん張って耐えようとしているな。恵水の足は本当にだいじょうぶっぽいわ。


 心配せんでもええな。はいはいはい。


 しかし足の怪我が治っていたとしても、圧力に勝てるわけじゃない。もう恵水は土俵際に追い詰められた。


 あー、負けたな。


 そこから恵水は俵に足をかけて、耐えた。お、少しはやるじゃん。


 更に圧力を受けて、それでも俵以上には後ろに下がりたくないので、恵水は土俵の円周に沿ってカニのように横に歩いた。時計回りだ。勿論、密着しているクロハも一緒について行く。


「お?」


 横に歩いているうちに、クロハが少し遅れる感じになった。恵水としては意図してではないだろうけど、左から打った形になった下手投げ、丁度クロハの体重の移動タイミングと合った。


 恵水の右肩からするりと落ちるような感じで、クロハが前に倒れて手をついた。


 恵水の勝ちだ。


 この二人の取り組み、そんなに回数を見ているわけではないが、恵水が勝ったのを直に見たのは初めてじゃないかな?


 まあそりゃ、多少体格に差があるといっても、二階堂ウメさんほどじゃない。恵水が勝つ機会もあるだろう。


 内容を評価するならば、日頃の地道な四股踏みを真面目にやっていたことによる、足腰の粘りがあったからこそ、最後に土俵際で踏みとどまることができていた。だから投げがたまたま決まった。


 大体において格闘技というのは、攻めることだけを評価する。


 ボクシングとか柔道の採点だってそうだろう。攻めている方がポイントを稼いで、最後の判定で勝てる。柔道なんか、攻めに消極的とみなされると指導とか警告を食らってしまうし、最後には負けになってしまう。


 まあボクシングとか柔道の場合、無差別級でない限りは階級がある。同じくらいの体格の相手に対して攻めが消極的というのは、確かにマイナスポイントになっても文句言えないかもな。


 でも相撲は完全に無差別級だ。それは、こちらの女子の相撲も同じらしい。巨体の二階堂ウメ選手とも、同じ土俵で相撲を取ることになる。


 どうしても、体格の大きい力士相手だと、小兵力士は押し込まれてしまうことが多い。それはまあある程度仕方ないだろう。そうなった時に逆転できる引き技とかはたきとか、土俵際でのうっちゃりができるかどうか、というのは重要だ。


 そういう逆転技だって、粘り腰が無ければ全くできないものだからな。


 ……っと、それはそうと、取り組みの外でやっている、二階堂ウメさんの四股踏みの様子も見てみなければ。


 二階堂さんは、土俵上の様子を見ながら、ゆったりと足を上げて四股を踏んでいた。


 パシン。


 二階堂さんの裸足の足の裏が土を踏みしめる音が軽く響く。


 ほう。


 いい四股だ。


 気合い入っているな。


 右足を上げた次は左足。


 うん。どちらの足に偏ることもなく、両方ともちゃんと鍛えられているようだ。


 足が高く上がるということは、体が柔らかいということ。そして足を高く上げてももう片方の軸足がブレないというのは、それだけずっしりと地面を踏みしめているから。


 上げた足を降ろす時に、重力に任せて叩きつけるのではなく、ゆっくり振り下ろして地面に軽く着地している。それだけ、バランス感覚があるということだろうし、足の動きを重力に負けずに下半身でコントロールできている。


 足を降ろした後は、ぐっと腰を押し出すような感じでしゃがみ込んで、少し左右に交互に重心を移す。一つの四股の動作の中で、少しでも効率的に鍛えることができるように工夫しているようだ。


 太腿の肉を見ると、女性らしい滑らかな肌ではあるが、しっかりと内側から圧力が張りつめている感じがする。筋肉だけではなく、脂肪もしっかり付いている。


 俺は、筋肉はエンジンであり、脂肪は燃料だと思っている。スポーツ科学的に正しい認識ではないかもしれないが、喩えとしては俺の個人的見解としてそう考えている。エンジンが大きければ当然大きなパワーが出るのだが、燃料が無ければすぐガス欠になってしまう。そこで必要なのが脂肪だ。


 もちろん、その辺に転がっているオタクのようなラーメン食い過ぎのデブは論外だぞ。アレは燃料ばかりが多すぎて過積載だ。その燃料を燃やすエンジンの比率が小さくなり過ぎてしまっている。エンジンの小さい車に過積載の荷物を積んだらどうなるかって話だ。


「やっぱ、いい体しているな」


 俺は、女子高生の肉体を評して、そう言った。


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