第73話 勇者よ、我のモノになれ
元の現代日本にいても、異世界に転生しても、お金が大事というのは違いは無いらしい。チート能力の有る無しは、たぶん関係ない。チート能力があっても、先立つものが無いと、かなり惨めな思いをすることになるだろう。
「あらあら、あなた、枯れたヒマワリみたいにうなだれちゃって、随分と落ち込んでいるのね?」
と、妙にツヤっぽい声で話しかけてきたのは、梅風軒さんだった。謎の美女だけど、ヘタに名前で呼ぶよりは、ラーメン屋の名前で認識した方がいいような気がした。
「話を聞いていると、社宅に入りたいけど、最初の一カ月分の家賃を払えない、という問題で悩んでいるように聞こえるんだけど、そうなの?」
「そうですその通りです。超、合っています。だからカネ貸してくださいよ」
冗談めかした口調で、俺は言った。コワモテの顔にヘンな愛想笑いを浮かべた。
「家賃一カ月分がどれくらいの金額か聞いていないけど、社宅でしょ? だったら大した額じゃないでしょ? それくらいの金額も持っていないの? 銀行で降ろしてくればなんとかなるんじゃないの?」
なんともなりません。俺は近所へラーメンを食べに行くために外出しているところ、不慮の事故に遭遇して異世界に転生して来てしまったのだ。大金だって持ち歩いていないし、そもそも薄い財布の中にキャッシュカードなど入れていない。
「なるほど。とにかくお金に困っているわけね。分かったわ。そのお金、私が出してあげる」
梅風軒さんはすっと目を細めた。その切れ長の目の中に妖しい光が宿った。
「お金を貸してくれるのは正直助かります。たぶん、二、三カ月くらいかかるとは思いますが、必ずお返ししますので」
俺はその場で改めて直立不動の姿勢で背筋を伸ばし、腰をカクンと折る感じで直角に曲げて礼をした。更にそこから首を頷かせる感じで頭を下げたので、90度よりも深い礼になった。
……あ、こういう時に分度器って役に立つんじゃないかな。女子高生の股間を測るだけが分度器の役割じゃない。
「あらボウヤ。私、お金を貸すとは言っていないわよ」
フェイントかよ!
ぬか喜びさせんなよ!
……って、見ず知らずの朝に会ったばかりの男に金を貸す美女なんて、常識的に考えればこの世に存在しないだろう。……まあもしかしたらここはトラックにひかれて死んだ後に来た世界だから、この世ではなくあの世かもしんないけどな。
しかし。俺は少し甘かったかもな。常識的に考えれば、と言っても、ここでは常識は通用しない。この意見に異を唱えるあなた、消費税900パーセントが常識だと思いますか?
「お金はあなたへの投資よ。返済しなくてもいい。社宅の家賃なんてそんな大金でもないしね」
すいませんね、梅風軒さんにとってはハシタ金であっても、俺にとっては大金ですよ。氷河期は懐も寒いからこそ貧困層にはいつくばっているんですわ。
ま、それはそうと本題だ。一カ月分の家賃を出してくれて、返さなくてもいいんだとか。
ユーは天使か? 女神か?
って、女神というワードを出したのは、ちょい失敗だったかな。クロハを思い出してしまう。
いやいや、返済しないでもいい、お金をタダでくれる、なんて話、かえって怪しいというか、不気味というか、こわいというか。
「一カ月分の家賃は出してあげる。返さなくてもいい。でも、条件があるわ」
そりゃ当然だろうな。
それを聞いて、俺はむしろ安心したよ。
問題は、その内容だ。
「あなた、私のモノになりなさい」
モノ?
梅風軒さんが言った言葉は、不気味でありながら甘く響いた。
なんか、こういう言葉を、どこかで聞いたことがあるな。……と灰色の脳内で思考を時計回りに三回転半させたところで思い至った。
アレだ。ゲームとかでよくある、世界征服を狙う魔王が、自分を討伐しに来た勇者に対して言う台詞じゃねーか。
あれは、魔王のモノになる報酬として、世界の半分をもらえる、っていうのがある。……まあ、それで本当に世界の半分をもらう選択をする勇者もいないんだろうけど。
今回のケースでは、俺は謎の美女梅光軒さんのモノになる報酬として家賃一カ月分を前払いで出してもらえる。
……世界の半分と比較すると、随分と安く買い叩かれているような気がするんですが……でも俺は勇者じゃないしな。
俺は世界を股に掛ける (異世界転生という意味で、だけど)、さすらいのフォークリフト乗りだ。今は旭川西魔法学園相撲部監督でもある。
世界を救う勇者と比較すると、まあ所詮は一般人でしかないわな。
そう考えると、安く買い叩かれるのも、ある程度は仕方ないかなとも思える。
だとすると、家賃一カ月分を立て替えてくれるというのは、破格の報酬ともいえるんじゃないのか?
「わかりました、梅風軒さん。俺、あなたのモノになります」
というわけで、俺は真っ直ぐな声で即答した。
話はまとまった。めでたしめでたしだ。
あれ? なんか俺、自分自身を安く売ってしまったような錯覚が。
ああ、そう。錯覚、錯覚。
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