第69話 オヤジギャグは氷河期の寒さ
「わ、私、二階堂さんが来ることで、自分の立場が脅かされるんじゃないかとか思いこんでしまって……二階堂さんがどういう思いでここに来たかってことを全然考えなくて、自分のことばかり考えちゃって……」
「あー、佐藤、さん、でしたっけ。頭をあげてください。私の方こそ、急に押しかけちゃって、すみません。ここの部員の人にダメだって言われてしまったらしょうがないんですけど、ダメじゃなければ、私も練習に参加させてほしいんです」
「ダメなんかじゃないです!」
二階堂ウメの声に被せるように、佐藤恵水が叫んだ。
「私、二階堂さんの身体の大きさを見ただけで、自分の弱さが恐くなって、ビビって逃げちゃって、……でも監督に言われて、それじゃ情けないなって……。二階堂さんのような有望選手と一緒に稽古できるのは、私やクロハ部長にとっても大きなチャンスだなって……だから、むしろこちらからお願いします」
ああ、無事に恵水と二階堂ウメが和解できた。若いっていいな、なんつって……
……いかんいかん、オヤジギャグがつい出てきてしまった。やべえなあ。アラフォーオッサンが板に付いてきてしまったよ。本気で若いっていいなと思う。
「これで一件落着。めでたしめでたし、だな。恵水の足の怪我は明日には治っているから、明日からは三人で稽古ができるぞ。明日からが楽しみだな。まあ、今日のところはクロハと二階堂さんだけでやってくれ」
俺はソファーにどっかりと座り込んだ。脱落しそうになった部員の説得、なんていう監督らしい仕事をしたせいか、なんかちょっとだけ気持ちが大きくなったというか、自分がアラフォーらしい貫禄を得たというか、そんな良い気分だった。
そうだよな。俺が高校生の時は、40歳くらいの先生とかって、若さの無くなったオッサンだなと思う一方で、大人としての貫禄を感じたのも事実だ。
でもいざ自分がその年齢になってみると、いやいや案外精神的には高校生くらいの頃とほとんど変わっていなかったりする。それは氷河期世代のせいで年齢相応の社会的経験を獲得する機会に恵まれなかったこともあるだろうけど。また、結婚して子どもを持てば自ずと社会的責任を背負って老成したんだろうけど、ぼっちでモテない俺は独身のままだった。
ああ、世の大人ってのは、高校生くらいの子には、それなりに敬われていたんだな。
そこへ、黒っぽいレオタードのあちこちに土が付着してその部分が白っぽくなっているクロハが、寝耳に水のお言葉を流し込んで来やがった。
「赤良、今晩からはどこで寝泊まりするか決まっているの? 昨日は、突然ってことだったから泊めてあげたけど、就職先と相談して社宅くらいは用意してもらったんでしょ?」
を?
絶句。
待って待って待って待って。将棋だったら王手飛車取りがかかった時点から5手くらい戻ってほしいところだ。
「いや……ちょっと、この流れだったら、今後もずっと俺を泊めてくれて養ってくれるんじゃなかったの?」
言っていて情けないと自分でも思う。そりゃいわゆるヒモだよ。
そりゃ別にさ、男が稼いで女が家庭を守るべき、なんていう昭和の価値観を叫ぶつもりは無いよ。俺は昭和生まれだけどさ。
男女関係なく。社会人である俺が、高校生であるクロハの厄介になる、というのは、むっちゃ恥ずかしいわ。
もちろん俺には事情がある。異世界旭川に転生して来たため、自分の家が無いのだ。手持ちの金も多くない上に、憎き900パーセントのアレもある。
クロハはというと、俺に対して冷たい目で見下している。
やめろ。
女子高生に見下されていると思うとメンタルが保たないので、女神に見下されているのだと理解することとする。俺はノーマルの人間だから、神に見下されても仕方ないよね。
ああいやいや、問題の本質は見下されているとかいないとか、そういうところじゃないわ。
今晩、どこで寝泊まりすればええんや?
クロハに見捨てられたら、ワシ、マジでホームレスなんですけど。
もちろん、お金が心許ないからホテルに宿泊するのも却下だ。ネカフェ……も現実的じゃないな。今晩だけの話じゃない。今後もちゃんと寝泊まりできる場所を探さないと。
クソが。車があれば車中泊というのも考えたんだけど、異世界転生なので、車も無い。……車といえば、今朝、製麺工場に行く時に青い車に乗せてくれたセクスィーな彼女の家に泊めてもらうってのはどうだろう? もしかしたらウフフな展開もあったりなんかしたりして……
……やめよう。妄想は空しい。現実的なことを考えなければ。
……そういや、今、なんか役に立ちそうなワードが聞こえたような、聞こえなかったような、……いや、聞こえた。
社宅?
そうだ。大きな工場だったら、多数の人材を確保する必要がある。となると、社員は格安で入れる社宅なんかがあるんじゃないのか?
「……あー、俺、用事を思い出したわ。俺が不在でもしっかり練習をやって、というかぼちぼち帰宅時間だろうから、きちんと戸締まりして帰ること。いいな? それじゃサヨナラ!」
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