第61話 オレオレ!
言い訳だけは言い残しておいて、戸を閉めてプレハブから逃げ出た。あと、瞼の奥に二階堂ウメの肌の色とおぱんつの白さがコントラストとして刻まれた。
本当に今のは故意ではない。事故だ。不可抗力だ。まさかあんな目に付く場所で着替えしているなんて思い至らなかったわ。
俺は走った。それは、誤って女子高生の着替えをノゾいてしまったうしろめたさからの逃走でもあった。息が切れてきたところで、ただ闇雲に走っていても意味が無いと気づいた。……最初から気づいておくべきだった。
恵水のヤツ、どこに行ったのだろうか?
ええと、、、、こういう時って、逃げたヒロインが行きそうな場所を、今までの伏線から主人公が気づく、というのがラブコメアニメでの定番の流れだぞな。
異世界に転生してから今までの記憶をプレイバック!
恵水との接点って、ほとんど無いんじゃね?
基本的に西魔法学園の相撲部部室のプレハブの中でした会ったことが無い。お互いの人間性を掘り下げるような雑談的な会話も無い。
も、もしかして、PATISSERIE HOSOKAWAで売っているシエスタプリンなんかは、恵水も好きなんじゃないかな? そこに買いに行っているかも……
……あ、いや、相撲部でのいざこざで飛び出した女子相撲部員が、傷心を癒すためにプリンを買いに行くっていうのも、ラブコメではあまり無さそうだな。こういうのって、普通は夕陽がきれいに見える丘とか、そういうとっておきの場所じゃないのかな。
……しかし思考を転換すれば、傷心だからこそ、ヤケ食いのためにスイーツ店に行くという可能性も無いわけじゃない。特に相撲部員であるからには身体を大きくしなければならない。カロリーの高い食べ物は成長のために必要なのだ。
見失った仲間を捜してスイーツ店に行き、そこで相手を発見して確保する。そんな展開のラブコメなんて見たことも無いし、たぶんあまり見たくもないわ。
とはいえ、恵水が相撲部から逃げ出して行きそうな場所に心当たりが全くない。
ここまでアラフォーと呼ばれる世代まで生きてきた中で女にモテた経験が無い残念なオレ様は、女心なんていう曖昧模糊としたものなんて分かるはずがないのである。
とりあえず、スイーツ店に行ってみるしか無いか。行ってみて、そこで見つからなかったら他の候補を考えればいい。あるいは、スイーツ店に向かっている移動中に他の場所が思いつくかもしれないし。
俺は前向きに考えた。そして前向きに走った。プレハブを出てからずっと全力で走り続けている。
もう体力の限界だ。
日頃筋トレをして身体を鍛えているとはいえども、こういう長距離走のような体力は別物というか、そういう筋トレではなく、地道な走り込みのような鍛錬が必要なんだ。俺は相撲部監督に就任したのであって、力士になったわけじゃない。
はあ、はあ。
ここは異世界だ。旭川だけど異世界で、魔法も存在する。はず。
俺はどうして魔法を使えないんだ。魔法を使えれば、ぐだぐだとアラフォーの鈍足で走る必要もなく空を飛んで行くとかすればいいのに。ハワイアン大王波だって撃てなかった。異世界に来たメリット無いじゃん。
でもよくよくよくよく考えてみれば、魔法を一回使ったら体力が尽きて動けなくなるんじゃ、肝心のスイーツ店がハズレだった場合、その後どうやって恵水を探せばいいのか困るか。
じゃあやっぱり自分の足で行くしか。
と、ここで俺は天才的に閃いた。
自分の足で行くと言った。そう自分の足でありさえすれば、ランニングする必要は無いんじゃないかな。
回れ右して、俺は相撲部部室のプレハブに戻る。俺は猿とは違って極めて優れた学習能力を持つので、いきなり戸を開けたりせず、コンコンと2回ノックをする。ノゾキ事故を未然に防止する知恵だ。さすが俺、猿とは違う。俺だって最強という枕詞は付かないけど霊長類だからな。……霊長類ってどこまでだったか忘れたけど。
「オレ、オレだけど、開けていいか?」
返事が無い。
稽古中で、ぶつかり合いの音とか荒い息づかいのせいで聞こえないのかな。
「おーい! オレ! オレだよ! ここ開けていいか! って聞いてるんだよ!」
「オレオレ詐欺対策として、合言葉を言ってください!」
中からクロハ部長の声で返事があった。と思ったらこの内容かよ。
てか、声で俺だってことくらい分かるだろうが。なんだよ合言葉って。そんな設定は無かったはずだよな。
とはいえ、合言葉なんだから、ヘンに難しいワードとかではない、単純なものであることは間違い無い。
「ブレーキランプ5回、塩ラーメンのサイン!」
返事が無い。
やや、いや、かなり遅れて。
「5回なのに6文字なのは矛盾していると思います」
と言ってきた。クロハの奴、クソ失礼な!!!
「塩ラーメンは5文字だろうが! 日本語知らねぇのかよ!」
「どこがどういうふうに5文字なのよ?」
「塩で1! ラで2! ……ええと、伸ばす音のアーで3! メで4! ンで5! ほら5文字だったじゃんかザマァ!」
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