第52話 全身を強く打って死んだ経験一度あります

「へーーー」


 まあ確かに、空を飛んでいれば道路交通法が適用されない、って言っていたし、それなら……


 俺たちが乗っている青い車が赤信号を無視して交差点に突っ込む。横から来た白いハイブリッドカーが急ブレーキでスピンしながら止まる!


 あ、あぶねー!


 赤信号の交差点を抜けたが、俺の心臓はいまだにドキドキしたまんまだ。これは、美女が運転する車の助手席に乗っていることによるトキメキのドキドキとは別口だ。


「いやいや、これ、道路交通法が適用されるかされないかの話じゃないですよね! 空を飛んでいても、普通の車と同じくらいの高さを飛んでいたら、ちゃんと信号を守らないと他の車と衝突して危ないじゃないですか!」


「大丈夫。裁判になったら道路交通法適用外ってことで勝てるはずだから。裁判やったことないけど」


「それ、本当に勝てるかどうか分からないってことじゃないっすか? いや、そうじゃない! 交通事故で死んだら、裁判とかっていう話じゃなくなるわ!」


 俺は喚いた。一度交通事故で死んだ経験はあるものの、そういう経験豊富はありがたみがへったくれも無いな。今度交通事故で死んだら、復活できるという保証も無いだろうし。仮に保証があったとしても交通事故で全身を強く打っての痛みを経験するのはゴメンだぜ。


 あの、テレビのニュースとかで言っている「全身を強く打って」っていうのは、全身を強く打ったのは嘘ではないだろうが、それによって人間としての原形を留めないくらいにぐちゃぐちゃスプラッタになってしまった状態だという噂を聞いたことがある。そりゃ、夕食時のテレビのニュースで「運転していた旭川市の城崎さんが、人間の原形を留めないほどにぐちゃぐちゃになって死亡が確認されました」なんて放送できないわな。


 スピードを出したままの青い車は、スピードを緩めずに右折する。遠心力に降られて俺は窓ガラスに頬を押しつけられる格好になる。同時にタイヤがキキキキキと悲鳴を挙げている。


 ……あれ? 空中に浮いたまま低空飛行をしているんじゃなかったのか? それなのにどうしてタイヤの音がする? もしかして魔法で浮いているっていうのはホラで、普通にタイヤで地面を走っているとか?


 だったら普通に道路交通法適用されちゃうじゃん! 捕まるぞ!


 この運転している美女、美人ではあるけど、かなりヤバい人かも。


 まあある意味、アニメに出てくる藤峰子まんまじゃないかという感じもする。


 と、思ったら速度を落として道路の左脇に寄った。どうした? 無茶な運転をしたから車が不調になったのだろうか?


「後ろから救急車が来ているから、道を譲っているのよ」


 あ、ほんとだ。そう言われて気づいた。ピーポーピーポーという音がだんだんせり上がるような感じで後方から接近してくる。首を回して後ろを見ると、白いワゴン車が赤色回転灯を回しながら、センターライン付近を我が物顔でそれでいて慎重に走っていく。


 なんだよ。さっきまで、あれほど乱暴な運転をしていたのに、救急車には道を譲るお行儀の良さかよ。意味わかんねー。


 救急車が俺たちの乗る青い車を追い抜くと、ピーポーピーポー音は賢者タイムに入ったかのようにヘナヘナと萎れた感じになって遠ざかっていく。ドップラー効果っていうんだったっけ?


 こちらの世界でも急病人は出るだろうし、救急車もあるってことだ。急病人の人が誰かは知らないが、助かるといいな。


 と、思ったのも束の間、救急車が走り去ると、青い車は道路のセンターライン寄りに移動して速度を上げた。救急車が通ることによって他の車両が譲って道を空けてくれている。モーゼが海を割ったかのように道ができている。救急車の後ろに金魚のふんのごとくくっついて、その道を便乗して通って行こうという魂胆だ。


 おいおい。これには俺も呆れたわ。


 俺だって、学校の風紀委員みたいに杓子定規に規則に盲従するつもりは無い。だけどここまでフリーダムに社会の規則を存在しないかの如きに乱暴に扱うのは、善良な市民としては賛同できないなあ。……といっても、俺もその車に乗ってお世話になっているんだけどね。


 とはいえ、救急車が向かう先は救急搬送病院であり、俺たちが向かう先は旭川西魔法学園だ。途中で救急車と別の道を進み始める。まあとにかく急病人には元気になってほしいわ。


 だが人の心配をしている場合じゃない。この青い車、とにかく運転が危ない。アクションアニメの見過ぎじゃね? って感じだわ。


 このままだとこの車が事故って、俺が怪我人として救急車で搬送されてしまうんじゃなかろうか。イヤですよ、交通事故は4トン平ボデーで懲り懲りですし。


 ああ、そうだ。遺書を書いておいた方がいいかも。お父さんお母さん先立つ不幸をお許しください……って、ここは異世界だから両親どころか知り合いすら誰も居ないんだった。てか、紙も鉛筆も無いぞ。どうやって遺書を書こうか。


 と、思っているうちに、周囲が暗くなり空が見えなくなった。


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