第11話 まわし初体験
実力? 見せる? 監督の実力なんてどう見せればいいんだ?
黒いレオタードに白まわしを巻いた佐藤恵水が、びしいぃぃぃぃっ! と擬音語が出そうな感じで俺を指さした。……これ、さっきされたことの意趣返しじゃないかな?
「私と相撲を取って、勝ってみなさい。そうすれば監督就任も認めてあげる!」
「は?」
どうしてそういう流れになった?
ツッコミどころの多すぎる発言に、俺は途方に暮れた。
「おいおい、相撲を取るって言うけど、土俵は男子禁制だったんじゃないのか? 俺が土俵に上がっていいのか?」
「学校の裏に、神社があるでしょ?」
さも当たり前のことを言っているような表情の恵水だが、俺にとっては疑問符を付けざるを得ない。
「はぁ? 俺の知る限り、西高の近くに神社なんて無かったような」
「赤良、あるのよ、神社。それと、ここ、西高じゃないから。西魔法学園だから」
横から部長のクロハが口出しする。現地の者にそうまで言われては俺には反論の言葉も無い。ここは俺の知っている現代日本じゃないんだ。俺の故郷の旭川に似ているけど、やっぱり微妙に違うんだ。そのことを再認識させられる。
……あ、そういえばさっき、学校の隣が神社って言っていたっけ?
「その神社の境内に土俵があるから。この稽古場の土俵は男子禁制だけど、そっちの神社の土俵なら、近所の小学生の男の子が遊びで相撲を取ったりもするし、大丈夫だから」
まあ、俺の元居た現代日本における相撲も、女人禁制ではあったけど、そういった地元の神社の土俵までそこまで目くじらは立てていないはずだ。それこそ地方のちびっこ相撲大会なんぞは、女の子の出場者もいると聞いたことがあるような気がする。それの逆パターンだと思えばいいというわけか。
「相撲を取る場所は、そこの神社でいいとして、俺はまわしを巻かなくていいのか?」
「あ、それだったら心配無いわよ。新入部員が来た時にすぐに対応できるように、予備のまわしを用意してあるから、それを使ったらいいわ」
また口出ししたのは部長のクロハだった。この相撲部、プレハブの中には冷蔵庫もあってアイスクリームも入っているし、ちゃんと神棚もあるし、意外と物持ちがいいようだ。部費的な待遇は良いのかもしれない。
「じゃあまあ、相撲を取るところまではいいとして、……それで、俺が勝ったとして、それで恵水さんは納得できるのか? 正直な話、俺が簡単に勝つ、と思っているんだけど」
俺が勝つ理由は単純だ。
体格差だ。
俺には相撲経験は無い。だけど俺は身長180センチ、体重75キロくらいだ。既にオッサンという年齢ではあるけど、日頃から筋トレをやっているので、年齢の割には締まった体をしていることは自慢だ。
一方、佐藤恵水は、身長は160センチも無いだろう。体重も50キロは超えているかどうかといったところ。相撲部メンバーとして毎日稽古に励んでいるようだが、さっきの部長との取り組みを見た限り、そんなに強いとは思えない。
ぶっちゃけ、俺でも勝てる。それも、かなり余裕で。
でも、そんな勝利が、何になるというのだろう?
体が大きくて力が強い男なら、特に俺でなくても、簡単に恵水に相撲で勝てる。
だけど体格差オンリーで勝つようなヤツが、果たして女子相撲部の監督として技術的な指導をできるのだろうか? そもそも名選手必ずしも名指導者ならず、という言葉もある。
クロハ部長がどこからか予備のまわしを出してきてくれた。色は白だけど、少し薄汚れた感じは漂う。
俺は相撲経験は無く、当然、まわしなんて巻いた経験も無い。ズボンの上から、クロハ部長に指示されながらまわしを巻く。その様子を、対戦相手となる佐藤恵水は黙って見ていた。
「私に相撲で勝ったら、監督就任を認める。その言葉に嘘は無いわ。でも、ただ単純に力で勝つ、という相撲では、監督として認めることはできないわ」
ふむ。やはり、そうきたか。
「私の体格は、高校生女子としては、身長も体重も恐らく平均程度だと思う。運動能力としても、たぶん平均くらい。であるからには、相撲経験の無い普通の女子高生と相撲を取ったとしたら、十中八九は私が勝つはず」
そりゃそうだろう。体格や体力が単純に同じくらいだったら、相撲経験のある方が相撲では一日の長があって当たり前だ。俺が思ったのと同じ思考をしている。
「でも私は、両国で、素人と対戦するわけじゃない。両国に集結するのは、みんな相撲女子なのよ」
相撲女子。俺のいた現代日本では絶対に聞く機会が無かったであろうパワーワードが出てきた。
「相撲女子は、大抵、平均よりは身長も高くて体重も重い。力も強い。そんな女子ばかりよ。そして当然のことながら、そういった体格に恵まれた女子が、日頃から稽古で技を磨いている。そんな相手に、私は勝ちたいの。勝たなければならないの。勝つために頑張っているのよ」
そのへんは女子相撲だけの話ではないだろう。大抵どんなスポーツでも、まず最初に素質があって、その差をどう埋めるかというのが努力という話だ。
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